LightSail 2 Animation
小型ソーラー電力セイル実証機 「IKAROS」
『人類、宇宙に住む 実現への3つのステップ』
ミチオ・カク/著、斉藤隆央/訳 NHK出版 2019年発行
スターシップを作る より
2016年、私の研究者仲間であるスティーブン・ホーキングが、「ブレイクスルー・スターショット」というプロジェクトへの支援を表明して世界を驚かせた。それは、高性能のチップを帆につけた「ナノシップ」を開発し、地球上の巨大なレーザー砲列から強力なビームを照射して飛行のエネルギーを与えようとする企てだ。ひとつひとつのチップは親指ほどのサイズで、重さは20グラムもなく、無数のトランジスタを搭載している。この企てのとりわけ有望な点は、100年、200年待つ必要がなく、今ある技術で実現できるということだ。ホーキングによれば、ナノシップは100億ドルで1世代のうちに開発でき、1000億ワットのレーザー出力なら、光の5分の1の速度で、地球から最も近い恒星系のケンタウルス座アルファ星系に20年以内に到達できるという。これに対し、スペースシャトルのミッションは、地球の低軌道までだったのに、一度の打ち上げにほぼ10億ドルかかっていた。
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ケンタウルス座アルファへナノシップの船団を送るには、レーザー砲列が船のパラシュート型の帆に向けて、総量100ギガワット以上のビームを約2分間、集中的に放射する必要があるだろう。こうしたレーザービームによる光圧で、船は宇宙を突き進む。船がターゲットに到達できるように、ビームはおそろしく正確に当てなければならない。コースがわずかでも逸れたら、ミッションの成功が危うくなる。
これに立ちはだかっている主な障壁は、すでに実現手段がわかっている基礎科学ではなく、資金である。高名な科学者や起業家が何人か支援を申し出ていても十分ではないのだ。
原子力発電所は、1基につき数十億ドルのコストをかけて1ギガワット、つまり10億ワットしか発電できない。十分に強力で高精度のレーザー砲列を作るには、公的・私的な資金提供を求める必要があるが、そこが大きな関門となっている。
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ゆくゆくは、太陽系全体にたくさんの中継基地のネットワークが張りめぐらされ、それはもしかしたら月からはるばるオールトの雲にまで達するかもしれない。オールトの雲にある彗星は、地球からケンタウルス座アルファまでの中間あたりに広がっており、おおかた静止しているので、近隣の恒星系へ旅するナノシップをもうひと押しするレーザー砲列を設備するのに絶好の場所となりそうだ。こうした中継基地のそばをナノシップが通ると、レーザーが自動的に発射され、ナノシップをさらに加速して星々へ向かわせる。
自己複製するロボットは、太陽光ではなく核融合を基本的なエネルギー源として利用し、そのような遠くの前哨基地を建設するだろう。
レーザーで推進するナノシップは、スターシップのさらに大きなカテゴリー「ライトセイル(光帆)」に含まれる一種にすぎない。帆船が風の力をとらえて進むように、ライトセイルは太陽光やレーザーによる光圧を利用して進む。実のところ、帆船をすすませるのに使われる方程式の多くは、宇宙空間を進むライトセイルにも応用できるのだ。
光は光子という粒子からなり、光子は物体に当たると、わずかな圧力を物体に及ぼす。光の圧力はとても小さいので、科学者は長らくその存在に気づかなかった。その作用に最初に気づいたのは天文学者のヨハネス・ケプラーで、彼は彗星の尾が、意外にもつねに太陽とは反対方側に向いていることに気づいた。太陽光の圧力が、彗星に包まれる塵や氷晶を太陽と逆方向へ飛ばすことで、そうした尾を作り出していると正しく推察したのだ。
先見の明があったジュール・ヴェルヌは『月世界旅行』で、ライトセイルを予見してこう書いている。「将来、光や電気をおすらく動力とした、はるかに大きな速度が実現だれ……われわれはいつか、月や惑星や星々へ旅することになるでしょう」
ツィオルコフスキーはさらに進んで、太陽帆(ソーラーセイル)、つまり太陽の光圧を利用する宇宙船の概念を考案した。だが、太陽帆の歴史は平坦ではなかった。NASAはそれを優先課題にしていなかったのだ。2005年惑星協会の「コスモス1号」打ち上げと、2008年のNASAの「ナノセイルD」打ち上げは、どちらも失敗に終わっている。続くNASAの「ナノセイルD2」は、2010年に地球の低軌道に投入された。