じじぃの「科学・芸術_798_ASHP『Who Built America?』」

Who Built America?

Who Built America?

ASHP/CML
The Who Built America? multimedia materials are the foundation of ASHP/CML’s work. Intended for classroom use and general audiences, they are designed to reshape the way U.S. history is taught and learned. The award-winning materials include a two-volume college-level textbook; a series of ten half-hour video/DVD documentaries with accompanying viewer guides; and two CD-ROMs.
https://ashp.cuny.edu/who-built-america

『これからの本の話をしよう』

萩野正昭/著 晶文社 2019年発行

アンバランスこそがエンジン より

新しいメディアが産声をあげてもそれだけではメディアを利用し、メディアを活かし、伝えるべき何ものも育んだとは言えない。「誰が日本をつくったか?」と叫ぶことがいかにむなしいことであるか。考えてみてほしい。同じ技術を持ち、同じハードやソフトを使い、同じ希望と情熱を持ってしても、掲げるメヂィアに期待されたものはなんぼのものということになるだろう。儲けと即金を求む問いかけだけが聞こえてくる。
『Who Built America?』が強く迫ってくるのは、意欲的な企画が実行に移されていくことへの羨望ではない。1人の男が小さなきっかけをつかんだ確信を何かにしっかりと絡みつけて発展させていく文脈が、海の向こうの彼らには残されていて、私たち日本にはなかったということだ。
しかし、だからといって『Who Built America?』のその後が幸福に推移していったということではなかった。
新しい出版をデジタルで試みようとして『Who Built America?』をつかんだ選択眼は、最初は思わぬところで幸運の女神と出会ったかに見えた。1990年代前半、米国の教育市場はアップル・コンピュータが大きなキャンペーンを打ち出していた。彼らにとっては、積極的な教育市場展開にインパクトを与えられるソフトが必要だった。アップルは『Who Built America?』をその候補に挙げた。交渉が進み、ボブ・スタインはアップルが教育市場で『Who Built America?』を無料配布する条件として、ボイジャーに約4500万円の製作費を支払うという条件を取り付けた。
構成と素材調達、権利処理の準部といった約18ヵ月の前工程を経て、本格的な製作は1993年からサンタモニカのボイジャーにてスタートした。プロデューサーはダナ・シルバー(Dina Silver)という女性だった。背が高くユーモラスな人柄で、何があってもへこたれそうもない立派な精神の持ち主だった。ボイジャーからは、最盛期には総勢20数名ものスタッフがこのプロジェクトにかかわった。その半数以上は女性スタッフだった。
『Who Built America?』の完成への道のりは平坦ではなかった。それどころか、とてつもない長い険しい旅路をたどらねばならなくなった。
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『Who Built America?』は全米各地の学校へ配布されていった。学校向けとして10万枚が出荷されたという。
大きな製作費と3年という期間をかけ、大量の初期出荷ロット数が送り出された作品にしては、素っ気ない質素なパッケージだった。表紙には19世紀に撮られたマサチューセッツの煉瓦職人の群像が使われていた。壮丁はCD-ROMを厚紙で挟んだだけだった。パッケージの素っ気なさと表紙の貧しい労働者の群像が強い調和を発して、そこに白く『Who Built America?』と書かれている。アメリカをつくったのは、ほかならぬこれら無数の労働者なんだと言わんばかりに訴えているのが特徴だった。
「へえー、アメリカってこんなことも平気でやれるのか……?」
これが全米に教育ソフトとして配られる歴史教科書のデジタル副読本なのかと思うと、ちょっと驚きがあった。遠い異国の私でさえ大丈夫かと思うほど、パッケージからは強い意志とメッセージが伝わってきたからだ。
案の定、クレームがあがった。はじめは中部のある州の人間からの抗議の電話だった。電話は直接アップルにかかった。抗議の主は、『Who Built America?』に記述された堕胎に関する部分と、カウボーイのあいだでのホモセクシャルの部分を具体的に挙げて、『Who Built America?』の学校への配布を停止するよう求めてきた。
前述の問題以上に『Who Built America?』の姿勢が問われたのだと思う。こうした抗議は宗教的な背景を持つ団体からひときわ強固に発せられた。
『Who Built America?』を実際にコンピュータにかけて「堕胎(abortion)を検索してみると、かなりの分量の記述があることがすぐわかる。堕胎と避妊の問題が女性史においていかに重要な問題であり、社会とのかかわりにおいて大きな意味を持っていたかという姿勢を詳細に伝えようとしている。堕胎を何回も繰りかえし経験した女性の証言もインタビューという形をとって音声収録されている。こと堕胎に関してだけではない。目を背けたい事実に目を向ける、これがやり方であり、徹底した態度だった。