じじぃの「科学・芸術_773_現代中国・広がる教育格差」

貴州省畢節市

『現代中国を知るための52章【第6版】』

藤野彰/編著 赤石書店 2018年発行

都市と農村で広がる教育格差 発展のひずみに翻弄される子どもたち より

「十年樹木、百年樹人(木を育てるには10年、人を育てるには100年)」という喩もあるように、人材の育成は容易ではない。加えて、中国における教育問題の複雑さは、地域格差の拡大などが象徴するように、構造的な問題として現われている。
中国の教育格差を想起させる調査結果がある。経済協力開発機構OECD)が15歳児を対象として、世界の65ヵ国・地域で3年ごとに実施している国際学習到達度調査(PISA:Programme for International Student Assessment)という学力調査である。読解力、数学的リテラシー、科学的リテラシーの3分野に関する調査で、近年、世界的な注目を集めたのが上海だ。2009年に初めて参加すると、3分野の成績でいずれも世界一になり、2012年の調査でも連続して1位を獲得した。上海の高い学力を支える制度や施策に世界的な関心が寄せられたが、中国国内では国レベルの調査結果ではなく、上海と言う一都市に限定された調査に対する批判もあった。つまり、上海の好成績とは対照的に、中国全体で見れば学力調査の結果がまったく異なるであろうことは想像に難くないからだ。
2015年の調査では、調査実施都市を拡大し、北京、上海、紅蘇省、広東省が参加した結果、数学的リテラシー6位、科学的リテラシー10位、読解力27位という結果だった。いずれも中国有数の大都市であるが、上海だけの調査結果と比較すると、全体的に学力調査の結果が低下したことは顕著である。内陸の中小規模都市や少数民族地域も含めれば、結果はさらに異なるだろう。
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近年、農村地域の子どもたちを取り巻く状況を象徴する衝撃的な事件が相次いでいる。内陸部の貴州省は貧困対策の遅れが問題になっているが、その西北部に位置する畢節市は省内でもさらに貧困が深刻な地域として知られている。2012年11月、街頭に設置されたゴミ収集用の箱のなかで、子ども5人が死亡しているのが発見された。暖を取ろうとしてゴミ箱のなかで木炭を燃やしたことによる二酸化炭素中毒死だった。また、同市では2015年にも子どもたちだけで暮らしていた5~13歳の4兄妹が、生活苦のために農薬を服毒して自殺するという悲惨な事件が発生した。
死亡した子供たちはいずれも「留守児童」である。中国では、保護者が「農民工」として都市に出稼ぎに出たために内陸の農村部に取り残された子どもたちを「留守児童」と呼んでいる。都市と農村の戸籍制度が弊害となり、出稼ぎ先の都市では都市戸籍を持つ市民と同様の義務教育や医療などの社会保障が整備されていないため、教育を受けさせるには両親と離れて戸籍のある農村に留まるほかない。一般的には、祖父母や親戚に預けられたり、学校の寄宿舎で集団生活したりするケースが多いが、畢節市で発生した事件のように保護者の不在が深刻な事態につながることも多い。「留守児童」は中国全土で普遍的な問題であり、中国メディアによれば、2015年時点で全国総児童数の20%に当たる約6000万人が「留守児童」とされている。近年は、政府の関連部門によって「留守児童」の定義が異なるため、各種統計データの信憑性に対する専門家からの批判も強い。
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このように、中国では義務教育の段階で都市と農村の経済格差による深刻な問題を抱えている一方、都市部では価値観や選択肢の多様化という新たな傾向もある。つまり、発展途上国における教育問題と、先進国に見られるような教育問題が混在しているのだ。これこそが、中国の教育問題が複雑である根本的な要因と言えるだろう。中国政府が教育改革を深化する狙いは、教育分野に新たな活力を見出して山積する課題を解決することにあるが、教育格差の問題解決は容易ではない。