じじぃの「科学・芸術_699_チャイナ・オプティミズム」

Rumbo: CHINA 2049 - VisualPolitik 動画 YouTube
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チャイナ・オプティミズム

帝国としての中国 【新版】―覇権の論理と現実 中西 輝政 (著) 2013.7 amazon
かつて、「市場経済化で豊かになった中国は、いずれ民主化が進み独裁的な政治体制は徐々にではあれ清算されてゆくのではないか」、あるいは「経済大国として世界の有力なプレーヤーとなった中国は、国際社会の責任ある一員として、既存の国際秩序に自ら順応する国になってゆくだろう」といった中国の未来像が、日本のあちこちで語られていた。
しかし、今、こうした中国の未来像に対し、「どうも、そうならないのではないか」、少なくとも「事はそう単純ではないようだ」「これは日本もうかうかしていられないのではないか」「では、一体どうすればいいのか」等々といった当惑や懐疑のムードに変わっている。こういう場合、よく欧米のジャーナリズムでは「チャイナ・オプティミズム」から「チャイナ・ペシミズム」への移行が始まったなどと評することがある。しかし、事はそう単純ではない。それは、単に、尖閣諸島をめぐる最近の日中衝突や習近平政権の誕生で中国の体制が逆に強権化し始めたこと、あるいは中国における環境問題や腐敗問題の実態がときが経つにつれ、いっそう悪化の兆しを見せていることなど、現象面に発する状況反応的な日本人の中国観の変遷と片づけられない、もっと深い次元の問題がかかわってくるように思われるのである。そこには、欧米諸国がまだ経験しておらず、韓国や東南アジア諸国ならついぞ経験することのない、日中間の深刻な「文明の衝突」といってもよい構造的な背景が横たわっているように思われるからである。

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『Voice』 2019年1月号
【特集】大国日本・百年の計 備えとはこの日本を誇る心 【執筆者】中西輝政 より
さて、2018年10月4日、アメリカのペンス副大統領はワシントンのシンクタンクで演説し、かつてない強硬な口調で中国の危険さを説き、対中包囲戦略の必要性を唱えました。世界中に「米中対決」の時代が到来したことを訴えるものとなりましたが、「ようやくアメリカも気付いたのか」「それにしても遅かった」「いや少しばかり遅すぎたのではないか」というのが、この演説を聞いた私の第一印象でした。
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中国はいまだに6%台の経済成長を続けていますが、社会としての未来が安泰かといえば、必ずしもそうではありません。2017年の1000人当たり出生率は1.24%を記録し、日本の1.43%をも下回りました。すでに一人っ子政策を止めた中国ですが、先進国と同様、少子高齢化は経済の成熟を裏付けるものであり、国民の暮らしが豊かになるほど、この傾向は進むと思われます。ただ少子化は労働力不足や省力化を招くだけではなく、個人の自己主張を強める方向に働きます。当然、人びとは同時に政治的不満を強め、中長期的には民主化を叫ぶ声が強まることが予想されます。
さらに、中国はいま「中国製造2025」(2025年までに世界の製造強国入りを実現する)キャンペーンを推進しています。しかし彼らが先端技術や製造業で本気で世界トップをめざすならば、個人のイノベーションや創意工夫が認められる自由な社会が土台にないかぎり、早期に頭打ちになるといわざるをえません。
もちろん私は、この30年間、アメリカ人が愚かにも信じ込んでいた「チャイナ・オプティミズム(中国の経済が成長するにしたがって民主化も早期に進んでいくはず、と容易に期待すること)のように、中国がそう簡単に民主化するとはついぞ思ったことはありませんし、いまも簡素に信じるつもりはありません。しかし同時に、中国にはもはや民主化する可能性は皆無で、外からこれを叩き潰すしかないのだ――というトランプ政権下のアメリカに拡がりつつある反動的で極端な「チャイナ・ペシミズム」も間違っていると思います。そもそも、いまごろ気が付いて、ここまで巨大化した中国を相手にそんな発想をすること自体、幾度も繰り返すようですがもう「遅すぎる」のです。
たしかに、習近平政権下の中国は強権化が図られていますが、共産党支配体制の根幹と底辺をじっくり見ていくと、それでも少しずつ体制の変容と弱体化が進んでいるのは間違いありません。アメリカのGDPを追い越すといわれる2030年前後には、中国という巨躯(きょく)もその社会構造が「満身創痍」になり、国内に大きな変革が起きる可能性があります。
つまり長期的に見れば、日本は「いまの中国」と連携するのは到底無理だとしても、「未来の中国」とは友好的連携を取れる余地がある、ということを忘れないことです。