じじぃの「科学・芸術_601_優生学・ヘッケル」

Ernst August Haeckel Art Forms in Nature 動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=shqoFrJCU-o
ヘッケルが描いた胎児の図

ヘッケルが描いたイソギンチャク

『進化論物語』 垂水雄二/著 バジリコ 2018年発行
優生学への道を切り拓いた発生学者 ヘッケル より
発生学者エルンスト・ハインリッヒ・フィリップ・アウグスト・ヘッケル(1834年 - 1919年)は、最終的に生理学者ヨハネス・ミューラーが手がけていたシチリア半島メッシーナ産の放散虫類に対象を絞ることになる。そして、メッシーナの海はヘッケルによると「動物学のエルドラド(黄金郷)」であり、多数の標本をえることができた。放散虫類が、ガラス質の骨格を有す微小な単細胞生物であるが、こお小さな生物の顕微鏡下での美しさはヘッケルを魅了し、多くの図版を残すことになる。彼自らの手になる図番は参考文献にあげた「生物の驚異的な形」に見ることができる。彼は放散虫類の形態・分類を研究し、120種ほどの新種を報告した。
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ヘッケルの著書(『生命の不可思議』、『自然創造史』、『生物の一般形態学』など)は、大衆的人気を得ただけでなく、同時代のドイツの生物学者エドゥアルト・シュトラスブルガー(植物学者)、ウラディミル・コワレスキー(動物学者)、ヴィルヘルム・ルーとハンス・ドーリッシュ(発生学者)らに影響を与えた。さらに、それより1世代後のエルンスト・マイヤや、ルチャード・ゴールドシュミット(どちらも後にナチの迫害を逃れて米国に移住した)たちにも、大きな衝撃を与えた。ゴールドシュミットは次のように回想している。
  ある日私は、ヘッケルの『自然創造史』を見つけ、燃えるような目とたぎる魂をもって読んだ。この世のあらゆる問題が、単純明快に解けるように思われた。若者の心を悩ませてきたどんな問題にも答があった。進化は万事における鍵であり、捨て去った信仰や信条に置き換えることができた。創造も、神も、天国と地獄もなく、存在するのは、進化と、最も頑迷な創造説信者たちに進化の事実を実証した反復説というすばらしい法則のみである。
この一文は、ヘッケルの一元論の魅力を示すものと解することはできるが、それよりもむしろ、ヘッケルのフィルターを通したダーウィン進化論の衝撃とみなすべきだろう。何といってもドイツ語圏の多くの読者は、ヘッケルの著作を通じて初めて「進化論」を知ったのである。
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近代的な「優生学(eugenics)」という言葉は、チャールズ・ダーウィンの従弟にあたる人類学者フランシス・ゴルドンの創案であり、1883年の著書『人間の能力およびその発達』で初めて使われた。これは「よい生まれ」を意味するギリシャ語からの造語で、彼の問題意識は、現代社会が社会福祉政策(弱者の救済)や戦争(優秀な肉体的能力をもつものが死ぬ)が自然淘汰の働きを無効にしている、つまり劣性学(dysgenics)の状態にあり、これを正すのが優生学だという点にあった。したがって、遺伝性の優性・劣性の優性(dominant)とは何の関係もない。こうした誤解を避けるために、日本遺伝学会は2017年の9月に、従来の「優性」と「劣性」を「顕性」「潜性」に改訂することを決定し、文部科学省にも改訂を要請した。しかし、100年以上にわたって使われてきた用語であるから、この改訂が浸透するのは容易ではないだろう。
彼の定義は「社会的な制御の下で、将来の世代における人種の質を身体的あるいは精神的に改善または修復するような要因を研究する学問」であった。彼は1904年にロンドンで開かれた第1回英国社会学会で『優生学――その定義、展望、目的』という有名な講演をするが、ここで改めて「人種の生まれつきの室の向上発展に影響するすべての要因、並びにそれらを最大限に発揮させることに影響する要因を扱う学問」と定義し直し、その目的は、「遺伝的知識の普及、国家・文明・人種・社会構造の盛衰の歴史的研究、繁栄している家系についての体系的情報収集、結婚の影響を研究する」ことだとした。
このようにゴルドン自身の定義はきわめてアカデミックなもので、差別主義的なニュアンスはなかったが、優生学という概念は、やがて英国だけでなく米国、ドイツをはじめとして、世界中で社会政策上の実践運動と結びつくようになる。そして、ついにはナチス政府によるホロコーストという悲劇的な結末を迎えることになる。
ヘッケルが優生学的な思想をもっていたことは、数々の証拠からみて間違いない。