じじぃの「ラジウム入り軟膏・塗ると肌がゾクゾクする?世にも奇妙な人体実験の歴史」

Shocking 1950's Commercial! 動画 Youtube
https://www.youtube.com/watch?v=9Q1gksqqhLU
 Radium

ラジウム入りの化粧品って大丈夫ですか? 2011/3/31 Yahoo!知恵袋
回答
原子力平和利用が叫ばれたとき、放射能が体にいいという今で言う都市伝説が生まれました。飲んだりするバカもいたそうです。
ラジウム224, 226, 228はWHOの下部機関IARCより発癌性があると(Type1)勧告されている。(ウィキより)」そうですからたまにはいいかも知れませんが、頻繁に使うのは避けたほうがいいのでは。
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1059104260
『世にも奇妙な人体実験の歴史』 トレヴァー・ノートン/著、赤根洋子/訳 文藝春秋 2012年発行
人生は短く、放射能は長い――電磁波とX線 より
2種類の新元素(ラジウムポロニウム)を発見した彼女(マリー・キュリー)は、フランスで博士号を取得した最初の女性となった。ヴィルヘルム・レントゲン同様、彼女も自分の発見に対して特許を取らなかった。そのような行為は「科学の精神に反している」と考えたのである。
夜、ラジウムの入ったチューブが放つ光は、「妖精の淡い光のよう」だった。ピエールは、その青い光は、「チューブをページの近くに持っていけば文字が読めるほど明るかった。しかも、そのラジウムの量はもちろん非常にわずかだった」と述べている。ラジウムは魅惑的であると同時に致死的でもあった。ラジウムは光だけでなく熱も放出し、その放射能の強さはウラニウムの100万倍だった。
マリーはラジウムの瓶をポケットに入れて持ち運び、皮膚に火傷を負った。ピエールは絆創膏で少量のラジウムを自分の腕に貼り付けるという実験をおこない、火傷の原因がラジウムであることを証明した。ラジウムを貼り付けた部分には難治性の潰瘍ができた。ピエールは、マウスやモルモットを使って、ラジウムから放出されるラドンガスの影響を調べる実験もおこなった。ラドンガスに被曝した実験動物はすべて死亡した。2人とも、ラジウムの実験を続ければ(それどころか、実験室内の空気を呼吸するだけでも)危険だと気づいたに違いない。しかし、発見の興奮が彼らを駆り立てた。「人生には恐れなければならないものは何もありません。理解しなければならないものがあるだけです」とマリーは語っている。
1903年、夫妻はノーベル物理学賞を共同受賞したが、マリーが貧血を患っていたためストックホルムの授賞式には出席できなかった。その貧血は、ラジウムによる被曝の最初の徴候だったかもしれない。彼女は流産したばかりだった。
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アメリカの放射線学者ジョージ・ストーヴァーは、自分の身体を使って6年間にわたってラジウムの人体への影響を調べた。その結果、のちに彼は数度の切断手術と100回以上の皮膚移植手術を余儀なくされた。その早すぎる死の直前、彼は、「有用な事実が1つ明らかになるなら、それと引き換えに数人の科学者が死んだり手足を失ったりすることなど大したことではない」と語った。
「ガンの治療にラジウムが使用されている」というニュースに比べて、こうした恐ろしい話は一般大衆の心にはほとんど残らなかった。放射線は「生命の光線」として知られるようになり、放射性物質が魔法の成分としてさまざまな製品に配合されるようになった。ラジウム入りのチョコレートに歯磨き、「塗ると肌がゾクゾクする」ラジウム入り軟膏、体を寒さから守る放射能入り衣類、ほとんど誰も知らない元素「ヒアリウム」を使った補聴器、ラジウム入りのバスソルト育毛剤放射線は実は脱毛を引き起こすのだが)などなど。放射能入りのローションや洗浄水、座薬もあった。体のどの部分も安全ではなかった。「精力増強」をうたった「生殖腺エキス配合の」放射能入り強壮剤もあれば、強壮剤が効いた際に必要となる放射能入り避妊ジェルもあった。
こうした製品のほとんどはおそらく無害だっただろう。ラジウムは金よりもずっと高価だったから、こうした製品におそらくラジウムはまったく含まれていなかったものと思われる。しかし、ラジウム放射能を帯びたラドンガスを1000年間放出す続けるし、しかもほんの少量のラジウムからでもかなりの量のラドンガスが放出される。ロンドンのスパークレッツ社は、ラドン入り炭酸水が作れる家庭用ソーダサイフォンを発売した。さまざまな「放射性」ポットやジャーが製造され、飛ぶように売れた。これに水を入れて一晩置くと、ラドン入りの水ができるのだった。「放射能を帯びた健康にいい水が2ガロン作れますから、ご家族の1日のご利用には充分な量です。……これこそナチュラルは健康法です」
「高額インチキ商品」を次々と売り歩いていた詐欺師ウィリアム・ベイリーは、1920年代にラジウム含有水「ラジソール」で大儲けした。年に10万本を売り上げる大ヒットだった。
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放射能ブームはこのように多くの悲惨な犠牲者を出したが、幸い、ブームそのものはやがて自然死を遂げた。それでも、旧ソ連では1980年代に入っても毎日2500人の患者にラドン浴が処方されていたと言われているし、カルルスバート郊外にある、300室の客室を有するラジウム・パレス・ホテルは現在でも天然ラジウム温泉への湯治客を迎え続けている。幸い、イギリスのバクストン温泉では現在、放射能水の輸入はおこなわれていない。この温泉はかつて、外国の最も放射能の高い温泉として比べても50倍も放射能が高いことを売りにしていたのである。
放射能はなかなか消えない。マリー・キュリーが使っていたノートは、いまだに放射能を帯びている。

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どうでもいい、じじぃの日記。
『世にも奇妙な人体実験の歴史』という本に、「塗ると肌がゾクゾクする」ラジウム入り軟膏のことが書かれていた。
ラジウムを貼り付けた部分には難治性の潰瘍ができた」
君子危うきに近寄らず、です。