じじぃの「科学・芸術_392_映画『逃走迷路』」

逃走迷路 動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=IDZCLtE74Mo
ヒッチコック 「逃走迷路」


映画『逃走迷路』ネタバレあらすじ結末 映画ウォッチ
逃走迷路の紹介:1942年アメリカ映画。ヒッチコック作品ではお馴染みの”巻き込まれ型”のサスペンス劇。
戦時中だったことで日本では当時フィルムが輸入されず、製作から37年経った1979年にようやく劇場公開された。
監督:アルフレッド・ヒッチコック・出演:ロバート・カミングス(バリー・ケイン)、プリシラ・レイン(パット)、ノーマン・ロイド(フライ)、オットー・クルーガー(トビン)、ほか
http://eiga-watch.com/saboteur/
『巨匠たちの映画術』 西村雄一郎/著 キネマ旬報社 1999年発行
不条理へ導くミクロとマクロの原理 より
「芸術大嫌い」の言葉通り、アルフレッド・ヒッチコック監督は映画的マジックを駆使して、人をハラハラドキドキさせるサスペンス映画を、生涯創り続けた。彼こそ、「何を描くか」より、「どう描くか」を終生追い求めたアルチザン(職人)といえる。だからこそ、テーマ云々よりその技術やテクニックを論ずべき巨匠の筆頭なのだ。
シナリオ、俳優、カメラワーク、編集、音楽ーヒッチコックの映画術を刻明に述べていけば、もうそれだけで1冊の本ができてしまうほどだ。しかし、ここでは彼がここぞと思う時に、とっておきの切り札として使っていた映画原理について言及してみたい。
それは、「ワンカットのなかに極大と極小をつめこめれば、見る者を不条理の世界へ引き込むことでできる」という法則だ。ここでいう極大、極小とはいろいろな意味があるが、まずはこの一文を頭にたたきこんでほしい。映像でしか表現できない摩訶不思議な醍醐味は確かに存在するが、ヒッチコックはこの映像マジックの原理を、最も鮮やかに使いきった映画作家であった。
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ガラス(グラス)に描いた絵をカメラの前に置いて撮影すれば、その絵と背景は簡単に合成できる。この最も原始的な合成トリック技術を、ドイツのカメラマン、オイゲン・シュフタンは発展させて、”シュフタン・プロセス”なるものを開発させた。即ち、カメラのすぐ前に45度の角度で鏡(ハーフミラー)を取りつけ、そこに合成すべき絵や写真を撮影し、背景と一緒に撮影してしまう方法だ。ヒッチコックは、この方法を活用したのである。
ところで、このカットから連想されるのは、「北北西に進路を取れ」の有名なラシュモア山中での追跡シーンだろう。山の頂を彫刻して作った歴代大統領の巨大な顔の前を、ケイリー・グラントエヴァ・マリー・セントの豆つぶほどの人影が、走り抜けていく。
このシーンの原案となったのが、「逃走迷路」自由の女神像のラスト・シーン。いまにも墜落しようとする真犯人フライ(ノーマン・ロイド)を、濡れ衣をきせられた主人公(ロバート・カミングス)が必死で助けようとする。女神の持つたいまつの部分でうごめく微細な人間たちの力は、あまりにもはかなく見える。このカットは、それぞれ別々に撮ったものを現像時に焼きつける合成法によって処理されている。
このフライは自由の女神像にたどりつくまでに、映画館に身を隠す。大スクリーンには、撃ち合いを始める劇中の人間たちが映されている。その巨大な人物の前をフライの人影が横切って、追ってきた警官との間で実際の撃ち合いを始めてしまう。非現実のものが突然現実と重なる。白日夢を見ているような錯覚にとらわれるシーンだ。
また「逃走迷路」のトップシーンには、飛行機工場の扉がガラガラと開けられると、巨大な屋根天井が見える内部から、弑さな人間たちが吐き出されてくるという、魅力的なロング・ショットもあった。
これらはすべて、ワンカットのなかでミクロとマクロを対等に扱い、できうる限り対比させた構図から成り立っている。それを見た観客は、現実感を喪失し、一気に非日地上的な魔法の世界につれていかれるのだ。ただし、この効果は、ミクロとマクロが同時に見られる大スクリーンでは著しいが、小さなテレビ・モニターの画面では出にくいことを、一言つけ加えておきたい。
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写る被写体がマクロから急激にミクロになっていくという動きの場合……。ヒッチコックは、それを”落下”のカットで実践している。
落下そのものがテーマというべき「めまい」も思い浮かぶが、ここではすでに述べた「逃走迷路」の自由の女神像のシーンを見てみよう。
たいまつ部分に宙づりになったフライは、ピリピリと破れていく袖口と叫び声を残してついに転落していく。その瞬間は、上から、つまり見降ろした視点から急激に小さくなっていく哀れな悪漢をとらえているのだ。見る者にとって、彼が空中でもがいている様子が鮮明に見えるだけに、また急激に消滅し、ストーンと拍子抜けした落下のイメージを感じてしまうだけに、その衝撃度は、悪夢を見てしまったように大きい。
このカットは、”マット・ショット”という合成技術によって処理されている。まずブルー・マットの上に回転椅子をのせ、その上に俳優はすわる。クレーンでつり下げたカメラは頭上にあって、もがく演技をする俳優をとらえながら、急激に上昇していく。その人間の画と自由の女神を写した背景の画を合成させれば、ああいう衝撃的なカットが完成するのだ。ちなみにハリウッドのユニバーサル・スタジオにいけば、この自由の女神の巨大セットが作られ、観光客はこのカットのだまし絵を実際に体験することができる。