じじぃの「科学・芸術_266_統計の壁」

保険適用外 (bikeqa.com HPより)

がん治療の保険適用外の費用の目安 2017.1.1 がんのきほん
簡単に説明すると、実際にかかった費用が100万円かかった場合、通常窓口負担が3割の30万円ですが、高額療養費制度を利用できますので、自己負担額は8万7000円程度(70歳未満・一般所得世帯の場合)で済むということです。
しかし高額療養費制度が利用できるのは、保険適用内の治療についてのみで、保険が利かない部分に関しては全額自己負担となるのです!
http://www.gan-info.com/106.html
『現代免疫物語beyond 免疫が挑むがんと難病』 岸本忠三、中嶋彰/著 ブルーバックス 2016年発行
成人T細胞白血病との戦いの物語 より
米国で始まったがん抗原発見競争の熱気は、やがて日本にも及んだ。大阪大学教授の杉山治夫もまた、がん抗原の魅力にとりつかれ、従来の研究テーマだった免疫遺伝子の再編成から離れ、がんワクチンの研究を開始した一人だった。
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白血病の治療で、杉山の検査方法は大きな効果を発揮した。ここに白血病にかかった人がいて、抗がん剤による治療を受けたとしよう治療が効果を発揮し症状が好転したら、やがて医師はこう告げるだろう。「よかったですね。寛解状態になりましたよ」と。
だが、楽観は禁物だ。抗がん剤の投与によって、当初、患者の体内にあった膨大な数の白血病細胞は急速に減っていく。しかし杉山によると、たとえ寛解にいたったとしても、体内にはなお少なからぬ白血病細胞が残っている、という。
従来は容態が好転したように見えるとき、医師はカンと経験を動員して「もう少しこれまでの治療を継続したほうがいい」だとか「もう治療をやめてもいい」などと判断していた。しかし、そうしたやり方は、実は裏づけに乏しいものだったのだ。
それに比べて、杉山の開発した方法は科学的で実践的だった。患者の体内に残っている白血病細胞がどれほどあるのかを定量的に把握し、治療の継続・中止を判断できる的確なデータを現場の医師に提供できたからだ。
杉山の研究成果には製薬会社大手の大塚製薬が注目した。急性骨髄性白血病の検査薬として厚生労働省に製造承認を申請し、2006年に異例の速さで認められた。翌年には医療保険も適用された。現在では「白血病を治療するために不可欠で、特に病気の再発を早期に診断するのに最適」との評価が固まり、海外にも利用が広がりつつある。
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杉山が学内の倫理委員会の承認を得て、阪大病院でがんワクチンの臨床試験を開始したのは2000年の年末のこと。彼はWT1(白血病原因の遺伝子)ペプチドを、白血病乳がん、肺がんの末期患者に注射した。この治療によって、患者の一部には少なからぬ回復を見せる人も現われた。
阪大以外でも久留米大学などが臨床試験や先進医療制度を活用する形でがんワクチンによる治療を試みるなど、がんワクチンは次第に日本でもその名を知られる免疫療法の1つとなり、期待も高まっていった。
だが、がんワクチンにはいささかつらい現実が待ち受けていた。海外を含めてがんワクチンの有効衛を証明できない事例が相次いだからだ。一部の患者に顕著な効果が出ることはあった。しかし患者全体を見ると効果は希薄で、科学的・統計的に「効果あり」の領域にいまだ到達できていない。
説明しよう。がんワクチンの効果を調べる臨床試験が始まったとする。試験ではたとえば、あるグループの患者は抗がん剤とがんワクチンで治療し、もう一方のグループには抗がん剤と、がんワクチンを装った偽薬を投与して両者を比較することになる。
がんワクチンに効果があるのなら、データを統計的に解析すれば、本物のワクチンを投与したグループからは他方と比べてがん組織がより小さくなったり、より延命期間が延びたりといった結果が現れるはずだ。
ところが現実は厳しかった。数十人規模の臨床試験を実施すれば、何人かの容態は回復した。しかし患者全体のデータを統計的に分析してみると、がんワクチンの有効性を確認できなかったのだ。
杉山のWT1とて例外ではない。既存の抗がん剤との併用療法を試みるなど努力を重ねたが、「統計の壁」はいまのところ越えられてはいない。がんワクチンは期待ほどには成長せず、日本では承認されて公共医療保険の対象となったがんワクチンは存在していない。がんワクチンはいまだ研究段階にとどまっているのだ。