じじぃの「人の死にざま_1764_ジョルジュ・メリエス(世界初の映画監督)」

Le melomane (1903) - Georges Melies 動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=uvfwgA6mBu0
A Trip to the Moon (HQ 720p Full) - Viaje a la Luna - Le Voyage dans la lune - Georges Melies 1902 動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=_FrdVdKlxUk
A Trip to the Moon (1902)

月世界旅行&メリエスの素晴らしき映画魔術オフィシャルHP
●映画の魔術師-ジョルジュ・メリエスとは
1861年パリで生まれる。
父親は製靴業を営み、一家は繁栄していた。23歳のときにロンドンに留学する。そこで、マジックの殿堂 エジプシャン・ホールに足繁く通い、マジックの虜に。奇術師を夢見るようになる。
1888年靴屋を引退した父親の後は継がずに(兄二人が継いだ)父からの相続金で、ローベル=ウーダン劇場を買う。そこで様々な奇術や幻灯、夢幻劇を見せる。
1895年リュミエール兄弟による最初のシネマトグラフの一般公開に参加する。そこで、リュミエールにその機械を売ってほしいと頼んだものの、断られてしまう。1896年ロンドンから入手した撮影機を改良し、1分程度の作品を80本制作。そして、最初のトリック映画『ロベール=ウーダン劇場の婦人の雲隠れ』が撮影された。
http://www.espace-sarou.co.jp/moon/kantoku.html
『ついやってみたくなる「不思議」の本』 講談社+α文庫 日本社 1997年発行
トリック映画の祖 ジョルジュ・メリエス より
映画の歴史は、1895年、リュミエール兄弟からはじまるといわれています。
それと時を同じくして、ジョルジュ・メリエスが世界で最初のトリック映画とされている「ロベール・ウーダン劇場における一女性の消失」を1896年につくっています。
メリエスは、映画的見世物の真の創始者であるといわれています。メリエスは手品の、ステージの機械装置の、花火製造の、そして化学のあらゆるトリックを利用しました。そしてさらに、ストップモーション、二重焼きなどの映画的トリックをも開発しました。
ロベール・ウーダン劇場――」における映画的トリックは、きわめて偶然的なものだったそうです。
ある日メリエスはパリの街角を撮影したフィルムを映写していました。すると、広場を走っていた乗合馬車が、突然葬式馬車に変わってしまったのです。驚きはしたものの、すぐにその原因はわかりました。撮影機械が故障して、撮影時間にしばらくブランクがあったのです。偶然の事故を人工的に作り出せば――彼の頭にひらめくものがありました。そしてでき上がった「ロベール・ウーダン劇場における一女性の消失」です。
女性がいすから離れているあいだ、カメラをとめておけば「女性の消失」はパーフェクトに写しだされます。
また、メリエスは、世界最初のSF映画月世界旅行」の監督としても有名ですが、その撮影方法は、まことにユニークといわざるを得ません。ひとことでいえば、彼はトリック撮影で映画をつくるのではなく、でき上がったトリックそのものを、まるで舞台中継のように撮影したのです。「海底二万マイル」では、シャトレ座のバレェ団を途方もなく大きな貝殻のなかに入らせています。
合成技法を使えば処理できる画面を、メリエスは頑固なまでの創作スタイルで押し通したのです。