じじぃの「科学・芸術_206_水に関する歴史」

THE HISTORY OF THE TOILET! 動画 YouTube
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水洗トイレの産業史―20世紀日本の見えざるイノベーション 前田 裕子 (著) amazon
日本にとって20世紀はトイレ水洗化の世紀でもあった。
排泄のための空間から衛生的で快適な空間へ、わたしたちの日常を変えた密やかで偉大なイノベーションを、それに携わった人々の思想や行動とモノづくりの関係のなかで捉え、トイレ工業化の視角からわが国近代化の歴史を浮かび上がらせた快作。

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『1000の発明・発見図鑑』 ロジャー・ブリッジマン/著、小口高、諸田昭夫、 鈴木良次/訳 丸善 2003年発行

前6000年頃、最初のボートは多分枯れた丸太でそれに乗って川を下っていたと思われる。石の斧ができると丸太から木の幹をくりぬいた本当の舟、丸木舟やくり舟がつくられた。木の枠を動物の皮でおおった網代舟のような軽い舟もつくられ、現在でも使われている。やがて古代エジプトでは、葦(あし)を束ねて舟をつくるようになった。
アルコール飲料
果汁や甘い植物の液を放置すると、酵母が発酵を進めてアルコールができる。中東では前4000年頃にこの自然現象が理解されていたらしく、ワインをつくるブドウの栽培が始まった。前2500年頃、エジプトでは大麦のビールもつくられていた。
潅漑
潅漑とは作物に水を引くことで、これによって土地が渇く時期にも作物が育てられる。前5000年頃から古代エジプトでは大がかりな灌漑行われていた。堰(せき)や池をつくり、毎年氾濫するナイル川の栄養物に富んだ水をため、必要なときに使えるようにした。
ダム
ダムは古代において最大の工事の一つだった。最古と思われるのは、前2900年頃にエジプトのナイル沿いに築かれた高さ15mの土塁である。都市メンフィスを洪水からまもるためにつくられた。
同じ頃(前2500年)やはりエジプトのワディ・ゲラウィにつくられたダムの跡は現在も残っている。これは洪水を防ぐためではなく、ナイル川支流の乾いた川床に、特定の季節におこる洪水の水をためるもので、90mの厚みがあった。
水道
インダス川流域のモヘンジョ=ダロには浴場があったが水道は通っていなかった。前1700年頃、古代クレタの裕福な人びとはこれに満足せず、後にいつでも水を使えるよう水道をつくったことが遺跡からわかる。クノッソスのミノス王の壮大な宮殿には送水管や排水管がはりめぐらされ、入浴は日課というよりは娯楽だった。
水時計
エジプト人は太陽で時計を判断したが、前1500年頃すでに水時計も使われていた。その基本形は壺の底近くに穴をあけ、側面に目盛りを刻んで水を入れただけのものである。水が流れ出すにつれて水面の位置が時刻を示す。壺の水が減るにつれて流れが遅くなるため、底の近くでは目盛りが接近して時刻が読みにくかった。
前270年頃改良型が発明された。目盛りを刻んだ壺の中に水を流し込んで、水面の上昇によって針を動かして時刻を示す方式だった。
毛筆
前500年頃に毛筆が発明されるまで、中国では硬い尖筆を使って竹に文字を刻みつけていた。鉛筆大の竹軸に毛をつけた毛筆が発明されると、絹にも文字が書けるようになった。
複雑な漢字を書くには毛筆が適している。200〜300年後に、美しい筆さばき(現代の書道につながる)を活かした隷書が始まると、毛筆の真価はさらに発揮された。
浮力の原理
アルキメデスは、前290年頃シチリア島シラクサで生まれた。王ヒロエン2世と縁故があったので、数学と力学を研究し、書き残すのにたっぷり時間をかけることができた。ヒロエン2世はいろいろな問題をアルキメデスに相談していたが、あるとき金の王冠にどれくらい銀がまざっているか正確に調べるように頼んだ。
アルキメデスは、浮力の原理で水中に王冠を浸すとどれだけ軽くなるのかをはかり、金冠中の銀の量を求めたのかもしれない。この方法であれば体積をはかる必要はない。実際のところはよくわからないが、アルキメデスがヒロエン2世の王冠の問題を解決したのは確かである。
水洗トイレ
トイレに関するジョークは、水洗トイレの発明家ジョン・ハリントンの時代からある。彼はイギリスのエリザベス1世の宮殿で機知に富むことで有名で、1591年自分の設計した水洗トイレを”The metamorphosis of Ajax”(アイアスの変形譚――エリザベス1世時代のトイレの俗語 jakesとの語呂合わせ)という表題で発表し、リッチモンド宮殿にイギリス初の水洗トイレを設置した。
しかし水槽とU字型排水管が発明される18世紀後半まで普及しなかった。
蒸気機関
1710年頃、イギリスの技術者ニューコロンは独自に蒸気機関を設計し、1712年に最初に実用化した。これはトーマス・セーヴァリが発明した初期のポンプに基づくもので、蒸気を冷却凝結させて生じる真空を使った採掘坑から水を吸い上げたが、ニューコロンはこれを改良した。
最初はジョン・キャリーと共同で研究を行い、真空を使ってピストンを動かし、別のポンプを駆動させて水をくみ上げた。非常に効率が悪かったが、これを越えるものはその後50年間現れなかった。
水素
1766年、イギリスの科学者キャヴェンディッシュは水素が空気ではない別の気体であることを初めて明らかにした。硫酸に金属を溶かして水素を発生させた後、その密度を測定し、水素が気体の中で最も軽いことを発見した。彼は水素が燃えると水が生じることも確認した。
このためフランスの化学者ラヴォアジエがギリシャ語で”水の源”を意味する”hydrogen”(水素)と名づけた。
酸素
酸素の歴史は複雑である。スウェーデンの化学者シェーレが1772年に酸素を発見したが、5年間発表しなかった。その間にイギリスの化学者プリーストリーが物質を速く燃やす気体を発見した。プリーストリーは物質が燃えると”フロギストン”が生じると考えていたため、この気体を”フロギストンを引き出す空気”とよんだ。
しかしフランスの化学者アントワーヌ・ラヴォアジエは、この気体は燃えている物質と結合するもので、フロギストンを吸収するものではないことを明らかにした。ラヴォアジエはこの気体に”酸の素”を意味する酸素という名前をつけたが、酸素から酸は生じない。
水タービン
フランスの技師ビュルダンは、ラテン語で”こま”を意味する”ターボ”(turbo)から”タービン”(turbine)という語をつくった。サンテチエンヌ実業中東学校で彼の聖とだったフルネーロンは1827年に実用的な水タービンをつくった。
水が水平ローターに落ち、湾曲したブレードを勢いよく通ってローターを回転させる構造で、6馬力ほどだった。その後すぐ、2000rpm(1分当たりの開店数)で回転するタービンをつくり、発電に理想的な40kwの出力を得た。1895年、フルネーロンタービンは発電の目的でカナダと米国国境のナイアガラの滝に設置させた。

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『もののはじまり 雑学大全 どこを読んでも必ず誰かと話したくなる!』 なるほど倶楽部/編 だいわ文庫 2013年発行
どうして海の水は塩辛いの?
海の水が塩辛いのは、大量の塩分が含まれているからですが、最新の調査によると、海水には塩分だけでなく、自然界にある92もの元素が溶け込んでいることがわかりました。
約45億年前、誕生したばかりの地球はとても熱く、水は液体ではなく気体として空気中に漂っていました。
やがて地球が冷え始めると水は液体になりましたが、このとき空気中の塩化水素を取り込んで塩酸となり、地球に降り注ぎました。この塩酸の雨が岩石の中に含まれる成分を溶かしながら海になったのです。
これが30億年ほど続きましたが、岩から溶け出した成分で海水は中和されて中性になり、6億年くらい前には今のような塩辛い海になったといわれています。