鎖から解放された精神病者たち (wikimedia より)
精神病理学の歴史と『鎖からの開放』を企図したフィリップ・ピネルの疾病分類学 Es Discovery
フランスの精神科医フィリップ・ピネル(P.Pinel, 1745-1826)は、重篤な精神病の患者を非人道的な閉鎖病棟から開放したことで知られるが、ピネルは啓蒙的な精神療法家であると同時に、科学的な精神病理学の研究者でもあった。
フィリップ・ピネルは、ピセトール精神病院やサルペトリエール病院で閉鎖病棟の患者の人権保護や処遇改善を実施しながら、その豊富な臨床経験を元に、精神病を『器官の炎症や発熱のない脳の機能異常』と定義した。ピネルは、分類学・博物学の進歩に大きな貢献をした博物学者(植物学者)カール・リンネ(C.Linne, 1707-1778)の体系的な階層分類法(カテゴリーによる分類法)を精神疾患の分類にも適用しようとして、『綱・目・属・種』という階層分類によって精神疾患を位置づけたのである。
http://charm.at.webry.info/200701/article_14.html
『医療の歴史 穿孔開頭術から幹細胞治療までの1万2千年史』 スティーブ・パーカー/著、千葉喜久枝/訳 創元社 2016年発行
医学と精神 (一部抜粋しています)
病気の名称は変わったが、精神病は昔から存在し、石器時代の最古の手術――穿孔開頭術――がおこなわれた理由のひとつであったかもしれない。初期の文明では、精神の異常は一般に神々の罰と見なされ、月の満ち欠けと関連付けられることもあった――そのためにラテン語で月を表す「luna」から英語で「狂人」を意味する「lunatic」という語が派生した。病人は家族の責任とされがちで、不名誉と烙印をもたらすことが多く、落ち着く環境と心を穏やかにする薬草と鉱物よりほかにほとんど治療法はなかった。
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治療の名のもとにほとんどあらゆる拷問形態が試みられた。こうした「精神病院」の多くが国によって費用をまかなわれ、運営されていたが、仲には、特に英国では、個人病院もあり、こちらも悪名高かった。家族は精神を病んだ親族を監禁させるためにお金を払い、病院の所有者は、強欲がさらにひどい状況を作り出すにつれ金持になった。もうけの多い副業のひとつが、「被収容者」と彼らの異様なふるまいを見せてお金をとることだった。これで悪名高いのがロンドンの「ベドラム」すなわち聖メアリ・ベツレヘム病院。別名ベスレムであった。フランスの紀行作家のチェザール・ド・ソシュールが1725年にベスレムについてこう書いている。「3階には回廊があり……危険な狂人のために確保され、彼らのほとんどは鎖につながれ、見るのも恐ろしかった。祭日には数多くの男女、たいていは下層階級に属する人々が病院を訪れ、彼らを笑わせてくれる。これら不幸で気の毒な人々を眺めて楽しんだ」。この病院そのものは今でも先駆的な施設とみなされており、数回の移転を経て、王立ベスレム病院としてロンドン近郊で存続している。
そうした恐怖にもかかわらず――あるいは、恐怖のゆえに――態度は徐々に変化した。ベスレムでの一般見学は1770年頃に廃止され、1793年、フランスの医師フィリップ・ピネルが、パリの男性収容施設のピセートル病院を引き継ぎ、精神病者がより人道にかなった治療が受けられる時代を新しく開いた。ピネルの意見では、収容施設の居住者は被収容者ではなく患者と呼ばれ、湿っぽい暗闇ではなく日光と新鮮な空気の他、普通の食べ物と服が与えられるべきであった。1794年に『狂気についての回想録』と題した自分の報告書をパリ自然史協会で発表し、自分の提唱する「心理学的治療」と、精神病は治療可能であるとの信念を説明した。彼は医師たちに、患者に時間を割き、面談して、メモを取り、患者の病状に関連のある出来事についての記録も含めた病歴を記録しておくことを勧めた。重症の精神病について彼は特に言及している。「鬱病患者の道徳上の美点をはっきりと認めざるをえない。狂人の収容施設より他のところで、穏やかに理性的である間の彼らほど、優しい夫や愛情に満ちた親を見たことがない」。『狂気についての回想録』は、今日では精神医学と呼ばれる学問――精神病の診断と治療と予防――の最初期の研究所のひとつである。
1795年、ピネルは巨大なサルペトリエール病院の主任医師の任務を引き受け、自分の哲学を適用し続けた。ビセートル病院でかれは自分と同じ意見の持ち主である病院長ジャン・パプティスト・ピュッサンに大いに助けられていた。1797年、ピュッサンは重症例をのぞき、患者を拘束していた鎖を今後は外すことを定め、その後すぐにサルペトリエール病院でピネルの同僚となった。1804年、ピネルはフランス科学アカデミーに選出され、1820年に医学アカデミーの創立メンバーとなった。彼の著作『疫病論』は執病分類学という医学分野をあつかっているが、『精神障害に関する医学的論考』は「心理学的アプローチ」を推し進めている。