じじぃの「ヒトとチンパンジーはどう違う・脳のブローカ野は人間だけ?人類の短い歴史」

ジャワ原人ホモ・エレクトゥス

ブローカ野 (言語を司る部位)

ヒューマン なぜ人間になれたのか 第1集「旅はアフリカからはじまった」 2012年1月 NHK
人間とは何か。
人間を人間たらしめているものとは一体…。
http://www.nhk-ep.com/products/detail/h17271AA
人間と猿での交尾って可能なのでしょうか? 2013/7/31 Yahoo!知恵袋
回答
ご質問のヒトは、ヒト科ヒト属、ゴリラはヒト科ゴリラ属、チンパンジーはヒト科チンパンジー属、猿(日本ザルとして)はオナガザル科マカク属・・・
猿は科レベル、その他も属レベルで相違してますので、交雑種は誕生しないと考えるのが自然です。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q10111088405
100分 de 名著 名著46 種の起源 第4回 進化論の「今」と「未来」 (追加) 2015年8月26日 NHK Eテレ
【司会】伊集院光武内陶子 【ゲスト講師】長谷川眞理子総合研究大学院大学教授)
種の起源」の中でダーウィンは、一つの巨大な生命観を提示する。全ての生物は「生命の樹」といわれる一つの巨大な連鎖でつながっており、人間もその一部にすぎないと説く。人間には他の生物を意のままに操る権利などはなく、互いに尊重し共存していかなければならないというのがダーウィンのメッセージだった。そして「種の起源」以降、ダーウィンは、その研究の対象を人間へと広げていく。それは現代の人間観にも大きな影響を与えている。一方で、「進化論」は「人種差別」「強者の論理」などを肯定するイデオロギーだという誤解も絶えない。果たして「進化論」が生み出した人間観とは何だったのか?第4回は、「進化論」にまつわる数々の誤解を解くとともに、現代の人間観にとって「進化論」がどのような意味をもっているかを解き明かしていく。
類人猿(ゴリラ、チンパンジー)のマキャベリ知性仮説(集団社会生活を営む中で、同種他個体に対する戦略的欺きによって脳の進化が促されたとする)について紹介している。
http://www.nhk.or.jp/meicho/famousbook/46_kigen/index.html
特集:人体を変えた二足歩行 2006年7月号 NATIONAL GEOGRAPHIC.JP
二足歩行を始めた人類は、効率的な移動手段と高い知能を得たが、腰痛や難産などの悩みも抱えこんだ。人体の進化と二足歩行の関係を振り返る。
今からおよそ2000万年前、サルに似た私たちの祖先は鎖骨を発達させることで、枝にぶら下がって果実を採る樹上生活に適応した。肩幅が広いのはその名残で、胎児が産道を通り抜けるには、肩の向きを2回も変えなければならない。肩が産道につかえてしまい、腕を動かす脊髄神経の一部が傷つくこともある。
http://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/feature/0607/index3.shtml
『人類が知っていることすべての短い歴史(下) 』 ビル・ブライソン/著、楡井 浩一/訳 新潮文庫 2014年発行
謎の二足動物 (一部抜粋しています)
生物の生存戦略として、二足歩行はけっして生やさしいものではない。それは骨盤を、上半身の体重を支える部位に変えることを意味する。骨盤がそれだけの強度を持つためには、産道は必然的に狭まる。その結果、直接的かつ重大な影響が2点と、長期的な観点での影響が1点もたらされる。まず、出産がひどい痛みを伴うものになるとともに、母親や胎児が出産によって命を落とす危険が増す。そして産道がきわめて狭いので、胎児は大きくなる前に、脆弱な状態でこの世に生まれてこなくてはならない。そのせいで育児期間は伸び、ひいては雄と雌とのあいだに固い絆が求められる。
これらは知性の発達した現代人にとってさえむずかしい問題なのだから、小柄で弱く、オレンジほどの大きさの脳しか持たないアウストラロピテクスにとって、二足歩行に伴うリスクはあまりにも大きかったはずだ。
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わたしたちにつながる種――どこからともなく現れたグループで、道具を使い、謎に包まれたホモ・ハビリスと同時代を生きた――は消え去らなかった。その種とはホモ・エレクトゥス、つまり1891年ウジューヌ・デュポワによってジャワで発見された種だ。資料によって異なるが、ホモ・エレクトゥスは180万年前ごろに出現し、2万年ぐらいまで存続したらしい。
ジャワ原人』の著者たちは、ホモ・エレクトゥスを進化の分岐点だとしている。それ以前に現れた種はすべて類人猿の特徴を有し、以後に現れた種はすべて人類に似た特徴を有している。狩りを行なったのも、火を使用したのも、複雑な道具を製作したのも、野営生活の痕跡を残したのも、弱者をいたわったのもホモ・エレクトゥスが最初だった。それ以前に消えた種と比べると、ホモ・エレクトゥスは姿においても、行為においてもきわめて人間的だ。手足が長く、細身で、力があり(現在の人類よりずっと力が強かった)。棲息域を飛躍的に広げるだけの知恵と行動力を持っていた。ほかのヒト科動物にとってホモ・エレクトゥスの強さや俊敏だや賢さは、脅威だったにちがいない。
エレクトゥスを「強暴な肉食恐竜ベロキラプトルのような存在だった」と評するのは、ペンシルベニア州立大学の世界的な研究者アラン・ウォーカーだ・もし道でエレクトゥスと出くわした場合、人間のような姿をしているからといって近づいても「話は通じない・餌食になるだけだ」という。ウォーカーによると、背丈は人間の大人ほどあるが、脳の大きさは赤ん坊なみらしい。
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ケニアのトゥルカナでは、そのほかにキメウによって170万年前のホモ・エレクトゥスの雌KNM・ER1808が発掘された。ホモ・エレクトゥスが従来考えられていたより興味深く、複雑な生き物であることが、この発見を糸口にわかり始めた。というのはこの雌の骨が変形し、たくさんの腫瘍に覆われていたからだ。それはビタミンA過剰症に苦しんだ形跡だった。哺乳類の肝臓を食べないかぎり、ビタミンA過剰症には罹らない。つまり、ホモ・エレクトゥスは肉を食べていたことになる。そしてさらに驚くべきことに、腫瘍の多さから判断すると、この雌は病気で動けなくなったあとも、数週間ないし数ヵ月間生き続けたようだ。これは看病を受けたことを意味した。ヒト科の進化の過程に初めて現れた”思いやり”のしるしだった。
またホモ・エレクトゥスの脳にブローカ野が備わっていたこともわかった(もしくは
備わっていた可能性が研究者の一部から指摘された)。ブローカ野とは、言語を司る部位だ。チンパンジーには備わっていない。アラン・ウォーカーは、ホモ・エレクトゥスの脊柱管が言葉をしゃべれるほど発達していないことを根拠に、現代のチンパンジーぐらいのコミュニケーション能力しか持たなかっただろうと推定している。一方、リチャード・リーキーをはじめ、言葉が話されていたと確信する研究者もいる。
地球上にホモ・エレクトゥス以外、ヒト科の生き物がいない時期も一時あったようだ。ホモ・エレクトゥスは度はずれて勇敢で、棲息域をあっという間に世界じゅうに広げた。化石記録を額面どおり受け取るなら、一部は、アフリカを出発したのと同じ時期か、もしくはなんと、それよりもいくぶん前に時期にジャワ島に達っしていた。
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しかし、ひとつおもしろい事実を記しておきたい。謎のアウストラロピテクスから現代の人類に至るまで、500万年以上にわたって数々の進化のドラマがくり広げられてきたが、その果てに生まれたわたしたちの遺伝子は、現代のチンパンジーと98.4パーセントまで同じということだ。人類の祖先が世界征服に乗り出すにあたって置き去りにした毛むくじゃらの生き物とわたしたちとの違いは縞馬(しまうま)と馬の違いや、海豚(いるか)と鼠海豚(ねずみいるか)の違いより小さい。

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どうでもいい、じじぃの日記。
まあ、二足歩行する動物がどうして人間だけなのだろうか、とずっと気になっていた。
『人類が知っていることすべての短い歴史』という本を読んでいたら何となくその理由が分かった。
二足歩行することで女の産道が狭くなった。それだけ、出産のリスクが大きくなる。
そのことが男と女の絆を深くしていった。これを愛というのだろうか。
「ブローカ野とは、言語を司る部位だ。チンパンジーには備わっていない」
遺伝子レベルで、人間とチンパンジーと98.4パーセント同じらしいが、見た目も、脳の構造もだいぶ違うように見える。