じじぃの「神話伝説_64_キリスト教とは」

池上彰の世界を変えた本 日本人が知らない聖書の謎 2015年07月04日 動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=c1U7qpOljkA
The Greatest Story Ever Told Official Trailer #1 - Max von Sydow Movie (1965) HD 動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=on3M7YWlewo
十字架にかけられたイエス

明日をうたう 命ある限り So-netブログ
『明日をうたう 命ある限り』 1999(平成11)年12月25日、角川書店
生涯にわたって病と闘い、神に祈り、愛、そして生と死を見つめ続けた著者の軌跡。
人生でもっともたいせつなこと。胸の奥で静かに響く、三浦綾子さん最後のメッセージ。執筆再開を願いながら、ついに叶うことなく七十七歳の生涯を終えた著者が遺した、魂を揺さぶる感動の書
http://integral.blog.so-net.ne.jp/2014-03-28-1
教理一覧
よくテレビや新聞、雑誌で エホバの証人統一協会などの宗教団体を耳にしたり、目にしたりしますが、正統的なキリスト教会と「何が違うのか?」と疑問に思うかも知れません。
または、同じ宗教と誤解をしている方が居るかもしれません。
http://www.h6.dion.ne.jp/~tgbc-hp/kyouri.htm
偉大な生涯の物語 ウィキペディアWikipedia)より
『偉大な生涯の物語』(原題: The Greatest Story Ever Told)は、1965年にアメリカ合衆国によって制作された、イエス・キリストの生涯を描いた史劇映画である。
配給はユナイテッド・アーティスツ、企画・監督はジョージ・スティーブンス(数シーンはアラビアのロレンス、ドクトル・シバゴのデーヴィッド・リーンが担当)。

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『人類の歴史を変えた8つのできごとI――言語・宗教・農耕・お金編』 眞淳平/著 岩波ジュニア新書 2012年発行
キリスト教の教え (一部抜粋しています)
キリスト教とはいったいどんな宗教なのでしょうか。
キリスト教には大きく分けて、ローマ・カトリックプロテスタント東方正教会という3種類があります。しかし、その3つに該当しない宗派もありますし、プロテスタントなどの中にもたくさんの宗派が存在しています。
しかし、共通していることもあります。たとえばイエスのこんな言葉があります。
彼は、ユダヤ教の学者から、あらゆる掟の中でなにがもっとも重要なのか、と聞かれて、次のように答えています。
「第1の掟は、これである。「イスラエルよ、聞け、私たちの神である主は、唯一の王である。心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くし、力を尽くして、あなたの神である主を愛しなさい」。第2の掟は、これである。「隣人を自分のように愛しなさい」。この2つにまさる掟はほかにない」 (「マルコによる福音書」 第12章29節〜第31節より)
唯一の神を愛することが第1であり、その次に隣人を愛することが大切だ、とイエスは説いたのです。
この場合の隣人とは、隣に住んでいる人、という意味ではありません。困っているときに、宗教や社会的立場などの違いを乗り越え、自分自身のことのように助け合える人々。そうした人が隣人だ、とイエスは述べています。このようにキリスト教では、宗派を問わず、「愛」という概念をとても重要視していることが共通しています。
ただし実際の歴史においては、キリスト教徒とほかの宗教を信じる人々の間で、あるいは同じキリスト教徒の間で、無数の争いが起きています。戦いを好む人類の性質を変えるのは、イエスといえども、なかなかむずかしいことなのです。
キリスト教に共通する教えは、さらにあります。
それは、イエスの死と復活を信じることで、永遠の恩恵を浴すことができる、という考え方です。神の子とされるイエスが十字架にかけられ、命を落とした後、3日目によみがえり、天に昇った、という話は広く知られています。しかしキリスト教徒は、これをたんなる物語ではなく、本当にあったことだ。そしてこのエピソードこそ、人々を救い出そうとする神の愛情の表現なのだ、と考えているのです。
ここで、一般にキリスト教徒が信じるべきことのひとつとされる「使徒信条」という文を見てみましょう。「使徒信条」は、宗派などによって翻訳の仕方が違うこともありますが、その中の代表的な翻訳文のひとつを紹介します。
「われは天地のつくり主、全能の父なる神を信ず。われはそのひとり子、われらの主、イエス・キリストを信ず。主は聖霊によりてやどり、処女(おとめ)マリヤより生れ、ポンテオ・ピラトのもとに苦しみを受け、十字架につけられ、死にて葬られ、陰府(よみ)にくだり、3日目に死人のうちよりよみがえり、天に昇り、全能の父なる神の右に座したまえり、かしこより来たりて、生ける者と死ねる者とを審(さば)きたまわん。われは聖霊を信ず、聖なる公同の教会、聖徒の交わり、罪の赦し、身体(からだ)のよみがえり、永遠の生命を信ず。アーメン」
キリスト教とはなにかが、この文の中に、端的に表現されています。
つまり、神が天地を創造した。イエスはその神のたったひとりの子であり、私たちの主(神)である。イエスは、精霊の力によってマリアから生まれ、ローマ帝国の総督であるピラトによって十字架にかけられて命を落とした。しかしその後、3日目によみがえり、天に昇り、神の右に座するようになった。そしてイエスは、いずれの日にか再臨し、生きている人、死んだ人を問わず、裁きをおこなう。
わずかな例外をのぞけば、ほとんどのキリスト教徒はそう考えているのです。