じじぃの「人の生きざま_350_吉田・秀和」

吉田秀和さんを悼む 小澤征爾「恩人の中の恩人、大恩人」 2012/6/1 日本経済新聞
急性心不全のため先月22日に98歳で亡くなった音楽評論家の吉田秀和さんの訃報(ふほう)を受け、長年親交のあった指揮者の小澤征爾さんがメッセージを寄せ、「(吉田先生は)恩人の中の恩人、大恩人」とその死を悼んだ。
http://www.nikkei.com/article/DGXBZO42088220R00C12A6000000/
NHK クローズアップ現代 「“そこに自分の考えはあるか”音楽評論家吉田秀和の遺言」 動画 Youku
http://v.youku.com/v_show/id_XNDM0MDQ3NjEy.html
言葉で奏でる音楽〜吉田秀和の軌跡 2007年7月1日 動画 YouTube
http://www.youtube.com/watch?v=8TcOrK0WiZw
クローズアップ現代 「“そこに自分の考えはあるか”音楽評論家・吉田秀和の遺言」 2012年7月23日 NHK
【キャスター】国谷裕子 【ゲスト】片山杜秀慶應大学 准教授)
小林秀雄加藤周一などと並び称され、小澤征爾中村紘子といった世界的音楽家を育てた評論界の“最後の巨星”吉田秀和さんが98歳で亡くなった。
日本に豊かな音楽文化を与えつつ、新鮮な視点で“自分で考えることの大切さ”を発信し続けた吉田さん。ユーモアと優しさあふれる評論の背景にあったのは、実は、戦災体験に根ざした、日本人の「大勢順応主義」への批判精神だった。
http://www.nhk.or.jp/gendai/kiroku/detail_3232.html
吉田秀和 ウィキペディアWikipedia)より
吉田 秀和(よしだ ひでかず、1913年(大正2年)9月23日 - 2012年(平成24年)5月22日)は、日本の音楽評論家、随筆家。
【来歴・人物】
朝日新聞夕刊に『音楽展望』を寄稿したり(毎月の寄稿は一時期、中断していたが、2006年11月に復帰、以後、年4回のペースで掲載。約2年の長期中断の理由は、2003年11月に夫人吉田=クラフト・バルバラ (1927年ベルリン出身で、ドイツ語で日本文化・文学の研究紹介をしていた)の死去による精神的衝撃が大きいためとされる。連載執筆や、NHK-FM放送で1971年から、約40年にわたって続けられている『名曲のたのしみ』の番組構成・司会を継続して行なうなど、2012年に98歳で亡くなるまで精力的に活動を続けた。独、仏、英語に通じ、特にドイツ語とフランス語の訳書は数多い。
いわゆるヴィルトゥオーゾには批判的で、ジョルジュ・シフラの1964年の来日演奏や、マルカンドレ・アムランショパンエチュードによる練習曲を酷評したことでも知られる。

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『別れの挨拶』 丸谷才一/著 集英社 2013年発行
われわれは彼によって創られた 吉田秀和さんを悼む (一部抜粋しています)
批評家は2つのことをしなければならない。第1にすぐれた批評文を書くこと。そして第2に文化的風土を準備すること。この2つをおこなつて、はじめて完全な批評家になる。
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吉田秀和はこの両面を備へてゐた。たとへば桐朋学園音楽科1つ取つても、彼の存在がなければ、小澤征爾も東京クワルテットも今井信子高橋悠治中村紘子も、あのやうな花やかな成果をあげられたかどうか疑はしい。ここでわたしはもつとたくさん、桐朋出身の音楽家の名前をあげたいのだけれど、残念ながら紙数が与へられてゐない。読者はわたしの不備なリストを、心に浮ぶ数多くの光り輝やく名によつて補つてもらひたい。
これは桐朋とは関係がないけれど、武満徹の場合にしたつてさうだ。吉田が中心になつて作つた20世紀音楽研究所の運動を契機にして、彼の作品は全世界のコンサートの曲目となつた。それから逸してならないのはベルリン・ドイツ・オペラの招聘。彼が本場の本物のオペラをまるごと連れて来ることによつて、日本人はオペラといふ豪奢な美の様式を現実に体験した。モーツァルトといふ奇蹟的な大才の全容を認識した。言ひ落す所だつたけれど、水戸芸術館のことも忘れてはいけない。乞はれて館長になり、芸術のあらゆる分野で指導したが、とりわけ小澤との協力による水戸室内管弦楽団で音楽文化を首都圏の外へひろげた業績は刮目(かつもく)に値する。
そして第1の局面が来る。つまり吉田秀和の評論。とにかく文章がうまかつた。内容があつて新味のある意見、知的で清新で論理的な文章を、情理兼ね備はつた形で書くことにかけては、近代日本の評論家中、随一だつたのではないか。わたしはもちろん、いはゆる文藝評論家たちを含めた上で言つている。美術や文学を論じても、文明論や都市論を主題にしてもすばらしかつた。まして音楽を扱ふときの視野の広さ、切れ味の良さは言ふまでもない。たとへばモーツアルトを取上げても、同じ主題をめぐる文藝評論家の高名な著作が、いくら時代の差があるとは言へ、感傷的で論旨が朦朧(もうろう)としてゐるのにくらべて、圧倒的に質が高かつた。
戦後日本の音楽は吉田秀和の作品である。もし彼がゐなかつたら、われわれの音楽文化はずつと貧しく低いものになつてゐたらう。

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吉田秀和 Google 検索
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