じじぃの「人の死にざま_960_陳・寿」

陳寿 - あのひと検索 SPYSEE
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三国志演義 呂布 VS 張飛関羽劉備 動画 YouTube
http://www.youtube.com/watch?v=sXkZaeNmxQ4&feature=related
魏志倭人伝」の現代中国語読み Modern Chinese Reading of Ancient "Gishi Wajinden" 動画 YouTube
http://www.youtube.com/watch?v=GWBVOG0N8U4
陳寿の暗号(女王國の謎)
http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Forest/3683/umano.html
陳寿 ウィキペディアWikipedia)より
陳寿は、三国時代蜀漢西晋に仕えた官僚。字は承祚(しょうそ)。巴西郡安漢の人。俗説では、蜀漢の将陳式の末裔と言われているが、根拠は無い。甥に陳符・陳莅(兄の子)・陳階(弟の子)。『三国志』の著者である。自身の伝は『晋書』にある。
陳寿への非難】
三国志』については、優れた歴史書であるとの評価が高い。夏侯湛が『三国志』を見て、自らが執筆中だった『魏書』を破り捨ててしまったという話が残っている。
しかし、陳寿本人については『三国志』を書くに際して、私怨による曲筆を疑う話が伝わっている。例えば、かつての魏の丁儀一族の子孫達に、当人の伝記について「貴方のお父上のことを、今、私が書いている歴史書で高く評価しようと思うが、ついては米千石を頂きたい」と原稿料を要求し、それが断られるとその人物の伝記を書かなかったという話がある。
また、陳寿は故国である蜀漢をできる範囲で賞揚したものの、あくまで魏を正統な王朝として扱った。西晋は魏から禅譲を受けた王朝なので、魏を否定することは西晋を否定することになる。だから陳寿が魏を正統としたのは、時代状況からすれば当然といえる。また、表題を『魏志』単独にせず『三国志』にしたのは、寧ろ大きな冒険といえるだろう(もっとも『三国志』は後世につけられた総題で、当初の表題は三国それぞれが独立して呼ばれていたという説もある)。後世習鑿歯らによる蜀漢正統論が高まるにつれ、陳寿蜀漢を正統としなかったために、批判に拍車が掛かるようになった。更に時代が下ると、諸葛亮の神格化や蜀漢正統論者の朱熹朱子学が、朝廷における儒教の公式解釈とされた事も相まって、陳寿は一層非難を浴びることになった(因みに、陳寿同様に蜀漢の旧臣で西晋に仕えた李密(『文選』などに採録された、『陳情事表』で知られる文人)に対しても、同様の非難が浴びせられている)。
ただし、一方でこれらの批判に対して、紀伝体としての体裁を整えるために、やむを得なかったとする意見も根強い。

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魏志倭人伝の謎を解く - 三国志から見る邪馬台国 渡邉義浩/著 中公新書 2012年発行
はじめに (一部抜粋しています)
わたしは、中国の三国時代の研究を専門とする。日本古代史や日本考古学を専門としないわたしが、「魏志倭人伝」を読み解く理由は、「魏志倭人伝」が、65巻に及ぶ『三国志』のなかの、「卷三十 鳥桓・鮮卑東夷伝」の一部である「倭人の条」(以下、倭人伝と「略称)を指しているためである。倭人伝は、『三国志』という史書の持つ偏向が、明確に現れている部分であり、以前から邪馬台国論争への提言を試みたいと考えていた。倭人伝には、使者の報告などに基づく部分と、史家の持つ世界観や置かれた政治状況ににより著された観念的叙述の部分とがあるため、両者を分けなければならないという提言である。
両者の区別を日本古代史や日本考古学の研究者に要求することは酷である。『三国志』の著者である陳寿(ちんじゅ、233〜297年)の世界観や政治状況は、約37万字に及ぶ『三国志』(それに付けられている裴松之(はいしょうし)(372〜451年)の注は、本文に匹敵する約36万字)のすべてに目を通すだけではなく、世界観を形成している儒教の経典に通じなければ分からないためである。本書は、すでに出版されている倭人伝に関する多くの著作に比べて、『三国志』に目を通した中国史研究者が、倭人伝の記述を2つの部分に分けて検討するところに特徴がある。
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それでは、倭人伝の虚実は、どのように判断すればよいのだろうか。単純な事実だが、「魏志倭人伝」という書物は本来存在しないことに、思いをいたすことから始めるべきである。日本で「魏志倭人伝」と呼んでいるものは、陳寿が著した『三国志』のほんの一部分(約0.5パーセント)にすぎない。『三国志』は、邪馬台国を記録するために著された史書ではないのである。したがって、倭人伝を読み解くには、『三国志』全体のなかでの倭人伝、あるいは倭国卑弥呼の位置づけを理解しなければなるまい。そのためには、『三国志』を著した陳寿の学問、『三国志』の歴史書としての特徴と記述の偏向、『三国志』に付けられた裴松之の注の史学史上での位置づけなどを踏まえたうえで、倭人伝を読む必要がある。

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