じじぃの「カオス・地球_331_日本人の精神構造史・はじめに・柳田國男」

柳田國男記念公苑】日本民俗学創始者で、近代日本を代表する思想家でもあった柳田國男さんにゆかりのある場所です【利根町

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=M7CC3VLaIU0

あの人に会いたい(柳田国男

NHKアーカイブス
日本の民俗学を確立した柳田國男
民俗学発祥の記念碑的作品「遠野物語」(明治43年)から最後の作品「海上の道」(昭和36年)まで膨大な仕事を残した。明治政府の役人だった柳田が明治41年に宮崎県椎葉村を訪れたことが民俗学を本格的に始めるもとになったが、その時のエピソードもラジオ番組の中で詳しく語っている。
昭和32年の放送文化賞を受賞した時のテレビ番組でのインタビューも紹介するが、これは柳田國男の表情に接する貴重な映像遺産である。
https://www2.nhk.or.jp/archives/articles/?id=D0009250141_00000

すぐ忘れる日本人の精神構造史

【目次】

はじめに

序章 民俗学の視点で日本の歴史を見るということ
第1章 日本人のマインドは、縄文ではなく稲作から始まった
第2章 武家政権が起こした社会変化
第3章 信仰、道徳、芸能の形成
第4章 黒船来航、舶来好き日本人の真骨頂
第5章 敗戦、経済大国、そして凋落へ

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『すぐ忘れる日本人の精神構造史―民俗学の視点から日本を解剖』

新谷尚紀/著 さくら舎 2024年発行
生活が苦しくても「しかたがない」と我慢する、責任追及をせず問題点をふわっとさせたまま何となく進み、やがて忘れる――そんな日本人の思考や行動の傾向性は「稲作を土台に、律令制+荘園制+武家政権の時代」を経て培われてきたといえる。本書では日本の歴史の経歴、慣習の積み重ねを民俗学の視点から歴史を追跡することで、どうやってそのような日本人が育まれたのかを知り、これからの社会のあり方、日本人のあり方を考える。

はじめに より

いまの日本の「おかしさ」
現在の日本は、どうしてこんなにおかしくなっているのでしょうか。
異常なほどの燃料費の値上げ、ガソリン代や石油やガスの価格が高騰しています。電気料金も大幅に値上げされています。食料品の値上げも異常なほどです。原料費、燃料費、輸送費などすべてあらゆる生活用品にかかわるものが値上げされて、私たちの家計を強く圧迫しつづけてきています。

それを、2022年(令和4)2月24日からの、ロシアのプーチン大統領によるウクライナ侵攻の影響とする見方も、メディアの一部からはありました。しかし、原因は決してそれだけではありません。歴史を振り返ってみれば、それは明らかです。2013年(平成25)から安倍晋三(あべしんぞう)元首相のもとで黒田東彦(くろだはるひこ)元日銀総裁が進めたのが、異常な円安政策でした。国債の大量買い入れ、マイナス金利政策、日本の保有資金を国債市場に流しつづけて、円安維持の政策を10年間も続けてきた結果が現在なのです。燃料費や資材費などの輸入品価格の高騰が日本の経済を圧迫しているのは、あたりまえの結果です。

ふしぎなのは、こんなに消費生活が厳しい状態なのに、日本人の多くが、「まあしかたがない、頑張って耐えるしかない」というふうに思っているということです。その原因を考えてみればかんたんにわかることなのですが、ついそこにはみんな思いが及ばないようなのです。いったいなぜなのでしょうか。

柳田國男は廃墟の中で
民俗学者柳田國男(やなぎだくにお)は、1945年(昭和20)、太平洋戦争の敗戦を間近にしながら、空襲警報の鳴り響く中で『先祖の話』を書き進めました。柳田國男は1875年(明治8)生まれで、1900年(明治33)に東京帝国大学を卒業して農商務省の官僚となり、法制局参事官や宮内書記官兼任を経て、貴族院書記官長となる高級官僚として、明治時代から日本の国家体制が整備されていく現場を生きてきた人物です。そして日本の歴史を知るには、文字や記録という文献資料を読み解く歴史学だけでは十分ではなく、むしろ一般の日本人の生活と文化の歴史を明らかにするためには、民間伝承に注目する必要があると考えて、日本の民俗学を開拓していきました。

さて、1945年(昭和20)8月の日本の敗戦で、一般の人たちは戦争がようやく終わったという安堵の思いとともに、米軍の大空襲で焦土と化した東京・大阪など多数の都市と、原爆投下でほぼ全壊して放射能汚染の町と化した広島・長崎の現実を目の当たりにすることになりました。

日本陸軍関東軍に置き去りにされてしまった満州開拓民の家族たちは、日本への帰還が困難な状態となり、ロシア軍に拘束された兵士たちはシベリアの極寒の中で強制労働に駆り立てられ、死亡する者たちも続出していました。

食糧不足で欠食児童や栄養失調で亡くなる人たちも多く出ました。戦時中に発行された国債(戦時国債)は紙切れ同然となったため、厳しいくらしを強いられたのは、貯金や国債をもって一部の富裕層も同じでした。戦時国債は、東条英機(とうじょうひでき)元首相の圧力で日銀の副総裁に就任させられた渋沢敬三(しぶさわけいぞう)が、祖父渋沢栄一(しぶさわえいいち)に申し開きができない慙愧(ざんき)と無念の名での強制的な国策協力を行なった結果であり、日本の敗戦によってその国債は紙くず同然となったのです。そして、「新円切り替え」という非常手段で日本経済の立て直しを図るしかなかったのでした。

近代日本の政治・経済・文化の発展へと同時代的にかかわってきた柳田は、70歳になったその敗戦の年、このような敗戦と焦土と化した現実の中で、目の前で崩れ落ちていった日本の状態について、次のように書いています。(カッコ内は筆者による現代語訳)。
   
「まさか是ほどまでに社会の実情が、改まってしまほうとは思はなかった」
(まさかこれほどまでに、日本の社会の実情が壊され変わってしまうとは思わなかった)

「今更のやうに望みを学問の前途に繋(か)けずに居られない」
(いまさらではあるが、学問とその未来に対して、国や社会のこれからについての期待をせずにはいられない)

「国毎(くにごと)にそれぞれの常識の歴史がある。理論は是から何とでも立てられるか知らぬが、民族の年久しい慣習を無視したのでは、よかれ悪しかれ多数の同朋を、安んじて追随せしめることが出来ない」
(国ごとにそれぞれの国の人たちにそれが正しいと思ってきている常識の積み重ねの歴史である。理論としてはいろいろ解説をする人もあろうが、それぞれの国の人たちが古くから伝えてきた年久しい慣習というのを無視したままでは、よい提案であろうが悪い提案であろうが、安心して大勢の人たちの参加や協力を得ることはできない)

「我々が百千年の久しきに瓦って、積み重ねてきた所の経歴といふものを、丸々其痕も無いよその国々と、同一視することは許されない」
(日本の人たちが100年、1000年の長きにわたって積み重ねてきた歴史の中の経歴というものを、まるごとそのような経歴のないアメリカなどのよその国々と同じだといって、いっしょにしてしまうことは許されない)

「人に自ら考へさせ、自ら判断させやうとしなかった教育が、大きな禍根であることはもう認めて居る人も多からう。しかし国民をそれぞれに賢明ならしめる道は、学問より他に無いといふことまでは、考えて居ない者が政治家の中には多い。自分はそれを主張しようとするのである」
(これまで人々に、社会や政治や経済や文化のことを、自分自身で考えさせるようにしてえ何が適正か、それを自分自身で判断せさるように育ててこなかった教育が、いちばんの災いのもとだったということに気がついている人はもう多いだろう。しかし、国民一人ひとりを、賢くしてその判断が適切であるように育てる方法としては、学問より他にはない、ということまでは、考えていない者が政治家の中には多い。自分は、そのことを主張しようとしているのである)
   

『先祖の話』は70歳という古希の年齢に達した柳田が、幕末から明治の日本人たちが営々と築き上げてきた日本、その中を自分も生きてきた日本という国が、音を立てて崩壊していくのを目の前にして書き残した著作だったのです。

21世紀前期のいま、敗戦から約80年が過ぎました。異常なほどの財政赤字貿易赤字、企業の国際競争力の弱体化と物価高騰、原発事故の危険の続く中でのエネルギー不安、ロシアのウクライナ侵攻、イスラエルによるハマス攻撃という名のパレスチナ侵攻、中国の覇権主義武力行使への危険など世界的な戦争への危険、その中での日本の現実的な防衛力と人間力の不安という現状。

たいへん危うい時代に入ってきている日本という国と日本人にとって、その現在と未来を考える上で、柳田國男民俗学の精神に学んでみることは、きっと役に立つのではないかと思います。

そこで本書では、民俗学の視点から、日本人は原因の解明になぜ消極的なのか、肝心なことをなぜ忘れやすいのかなど、その思考や行動の傾向性、つまり習癖やクセについてその根本から、歴史と民族の中に追跡してみることにします。そもそも日本人のこのような精神はどのようにして形成されてきているのでしょうか。

こういったことを考えるのは、いいところをつまんで見てみることでもなく、悪いところをあげつらうことでもありません。他国と比べてどっちが上だ下だというのでもありません。

柳田のいうように、私たち日本人の歴史を知り、それをふまえた上で、私たちはこれからどのようにしていくべきかを考える、ということです。