じじぃの「カオス・地球_268_すばらしい医学・モルヒネ・オピロイド」

『クライシス』2021年8月4日(水) Blu-ray&DVDリリース!2021年7月21日(水)デジタルセル先行配信

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=fQDvPBQb2-Y

オピオイドクライシス - オピオイド系薬剤の過剰処方や乱用


フランケンシュタインの誘惑 科学史 闇の事件簿

2024年1月25日 NHK
【ナレーション】 吉川晃司
●鎮痛剤 オピオイド・クライシス
2016年に亡くなったプリンス。2017年に逮捕されたタイガー・ウッズ。いずれもオピオイド系と呼ばれるアヘンから生成・合成した鎮痛剤を常用していた。
いま、アメリカでこの鎮痛剤の過剰摂取による死者が年間8万人を超えている。前大統領トランプはこの事態を「オピオイド・クライシス」と名付け、公共衛生上の非常事態宣言を発出した。オピオイド危機はなぜ始まったのか?
オピオイド系鎮痛剤「オキシコンチン」を大ヒットさせた製薬会社パーデュー・ファーマの事件を取り上げながら、恐るべき薬物危機の闇を追う。

オキシコンチンをはじめとするオピオイドのリスクに対して、メイン州の連邦地裁が2000年に警告を発している。少なくともその時点で事態の深刻さは明白だったが、しかしパーデューは販売攻勢の手をゆるめなかった。2014年には販売部門のスタッフから経営陣に報告が上がっており、それによると、会社経営の根幹に関わるリスクとして「オピオイドの1回の使用量をもっと少なく」「オピオイドの服用期間をもっと短く」の2大プレッシャーがあるとのことだった。

2010年、オキシコンチンは製法が改められ、「乱用防止型」に。錠剤を細かく砕いて粉末を吸引したり溶かした液体を注射したりはできなくなった。
https://www.nhk.jp/p/ts/11Q1LRN1R3/episode/te/XW6X6GQLKZ/

すばらしい医学―あなたの体の謎に迫る知的冒険

【目次】
はじめに
第1章 あなたの体のひみつ

第2章 画期的な薬、精巧な人体

第3章 驚くべき外科医たち
第4章 すごい手術
第5章 人体を脅かすもの
おわりに

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『すばらしい医学―あなたの体の謎に迫る知的冒険』

山本健人/著 ダイヤモンド社 2023年発行

第2章 画期的な薬、精巧な人体

モルヒネとアヘン より

モルヒネギリシャ神話
驚くべきことだが、紀元前の昔に植物から生まれた薬草や生薬が、今なお医療現場で欠かせない薬として活躍している例は多くある。

例えば、ケシの果汁を乾燥させた生薬には、痛みをやわらげ、精神を落ち着かせる作用がある。古代エジプトの時代から知られていた事実だ。のちに依存性が問題になり、戦争の原因にまでなったこの薬は、「アヘン」の名で知られている。
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モルヒネ(ケシから採取されたアヘンより生成されるアルカロイドの1種)は、脳や脊髄(せきずい)などの神経系に作用し、痛みの情報伝達を抑制することで鎮痛作用を発揮すると考えられている。こうした作用を持つ物質を、今では「オピロイド」と総称する。アヘンの英語「opium」と、「~のようなもの」を意味する接尾辞「-oid」から、「アヘンのような物質」を意味する言葉としてつくられた単語だ。

モルヒネ以外にも、これまでオキシコドン、トラマドール、フェンタニルなどさまざまなオピロイドがつくられ、医薬品として活躍している。医療現場では一般に「医薬用麻薬」とも呼ばれ、特にがんによる痛み(がん性疼痛、強いうずくような痛み)に使われることが多い。

医療用麻薬については、「中毒になるのではないか」といった懸念を抱く人が多いのだが、適切に使用すれば依存性の心配はない。むしろ、飲み薬、貼り薬、座薬、注射薬など用途に応じてさまざまな剤形があるため、非常に利便性の高い痛み止めといえる。

また、特にモルヒネは、ドラマや小説などの偏ったイメージがあるためか、「がんの終末期に用いる薬だ」と考える人が多いが、これも正しいとはいえない。がん性疼痛のコントロールは、がんの治療を行うすべての人に対して必要だ。したがって、必要に応じて早い段階から医療用麻薬を使用することも多い。痛み止めを上手に使い、病気による生活の質の低下を防ぐことは非常に大切だ。

植物と痛み止め
魔法の薬ともてはやされたアスピリン(柳の樹皮から抽出したサリチル酸をヒントに合成された白色無臭の薬剤。解熱鎮痛薬の1つで、熱を下げたり、痛みを抑える働きがある。 また、少量の使用では心筋梗塞脳梗塞、突然死などの予防効果がある)は、世界でもっとも売れた鎮痛薬ギネスブックに掲載され、バイエル社は世界的なメガファーマとなった。

アスピリンは炎症を促す物質「プロスタグランジン」の産生を阻害することで、炎症を抑え、痛みや発熱を抑制する。この作用を解明したイギリスの薬理学者ジョン・ロバート・ヴェインは1982年にノーベル医学生理学賞を受賞した。アスピリンと同様の作用を持つ「非ステロイド性抗炎症薬」は次々と開発され、今ではドラッグストアでも買える大衆薬となっているのだ。

1999年、アスピリン発売100周年を記念し、高さ122メートルのバイエル本社ビルがアスピリンのパッケージに変身した。ライン川を背景にそびえ立つ巨大な「アスピリン」は、世界一大きなパッケージ」として再びギネスブックに登録されたのである。

痛み止めの暗い歴史
「痛み」との戦いの歴史は、華々しい勝利ばかりではない。

世界的なベストセラー「アスピリン」開発の裏側で、バイエル社研究者ハインリッヒ・ドレーザーは、モルヒネの改良を目指していた。ドレーザーが目をつけたのは、モルヒネの化学構造を少し変化させた「ジアセチルモルヒネ」であった。

奇しくもアセチルサルチル酸と同じ、「アセチル化」という化学反応を経て改良されたこの化合物は、まさに名薬に見えた。モルヒネより8倍も効果が高く、持続時間は短いため、切れ味も良い。必ずや、モルヒネに代わるヒット商品になるはずだ――

バイエル社は、この「ジアセチルモルヒネ」を商品化し、1898年に販売を開始した。ギリシャ語の英雄「へロス」にちなみ、この商品は「ヘロイン(Heroin)」と名づけられた。力が湧いてきて、ヒーローのような気分になれたからだ。

1899年には年間1トンという膨大な量のヘロインが合成され、世界中で代替的に売り出された。だが20世紀に入り、ヘロインの危険性が明らかになった。ヘロインには、強い依存性があったのだ。薬として安全に使える代物ではなかったのである。

濫用が問題になったヘロインは、1913年に製造が中止され、今や使用や所持が禁止される不正麻薬となった。開発当時は、製薬や臨床試験などのシステムが今ほど確立されておらず、このような事態に発展してしまったのだ。

ちなみに、モルヒネから「メチル化」という化学反応を経てできる「メチルモルヒネ」は「コデイン」の名で知られ、モルヒネより作用が弱くマイルドだ。現在は一般的に、咳止めとして使用されている。

わずかな化学構造の差が人体に及ぼす影響は、これほどまでに大きい。まさに、毒と薬は表裏一体なのである。