じじぃの「カオス・地球_267_すばらしい医学・スタチン・コレステロール降下薬」

ラスカー賞」受賞 「スタチン」の発見と開発で


祝!遠藤章博士「ラスカー賞」受賞 「スタチン」の発見と開発で

2008年09月17日 サイエンスジャーナル
ラスカー賞とは、正式にはアルバート・ラスカー医学研究賞といい、医学で主要な貢献をした人に与えられる、アメリカ医学会最高の賞である。
ラスカー賞はしばしば「アメリカのノーベル生理学・医学賞」とも呼ばれる。実際、ラスカー賞を受賞した人のうちの68人が、さらにノーベル生理学・医学賞を受賞しているという。
この栄えある賞をバイオファーム研究所所長、遠藤章博士が受賞した。次はノーベル医学・生理学賞かもしれない。日本人として誇りに思うし、次期ノーベル賞が大変楽しみである。
http://sciencejournal.livedoor.biz/archives/929962.html

すばらしい医学―あなたの体の謎に迫る知的冒険

【目次】
はじめに
第1章 あなたの体のひみつ

第2章 画期的な薬、精巧な人体

第3章 驚くべき外科医たち
第4章 すごい手術
第5章 人体を脅かすもの
おわりに

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『すばらしい医学―あなたの体の謎に迫る知的冒険』

山本健人/著 ダイヤモンド社 2023年発行

第2章 画期的な薬、精巧な人体

日本で生まれた画期的な新薬 より

世界中で爆発的に売れた
全米発明家殿堂(NIHF:National Inventors Hall of Fame)は、社会的に優れた科学技術や発明を称える目的で設立され、これまで600人以上の発明家が殿堂入りをしてきた。その中に、歴史上初めて殿堂入りを果たした日本人がいる。農学博士の遠藤章である。2012年のことだ。

それ以外にも遠藤は、2006年に日本国際賞、2008年にラスカー賞、2017年にガードナー賞など、医学や科学技術面で世界的に貢献した人物に与えられる賞を次々と受賞している。まさに世界でもっとも著名な日本人科学者の一人といえる。

遠藤の功績の中で、医学の進歩に凄まじい影響を与えたのがコレステロール降下剤「スタチン」の開発だ。スタチンといえば、今や世界100ヵ国以上、毎日4000万人を超える患者が内服するほどのベストセラーである。

読者の中には、健康診断でコレステロール値が高いことを指摘され、クレストールやリバロ、メバロチンなどの商品名で販売されるスタチン系医薬品を内服している人もいることだろう。

スタチンが世界で初めて発売されたのは1987年である。その後、数々のスタチンが生み出され、世界中で爆発的に売れた。

人類史上初めて年間売り上げ100億ドルを達成した薬は、スタチン系医薬品のリピトールである。スタチンはは紛れもなく、医学史を変えた薬なのだ。

アメリカの社会問題
遠藤はなぜコレステロール降下剤の開発に目をつけたのだろうか。その契機になったのは、1966年から2年間のアメリカ留学である。彼がそこで目にしたのは、年間数万人にも及ぶおびただしい数の心臓病死であった。

カロリー過多による肥満や、急速に進む車社会が招いた運動不足。これらによって起こる生活習慣病は血管の動脈硬化を引き起こし、心筋梗塞などの心疾患による死亡を爆発的に増加させた。これがアメリカでは社会問題となっていたのだ。

動脈硬化リスクの1つが、血液中の高濃度のコレステロールだ。だが、当時コレステロールを安全かつ有効に減らす薬はなかった。遠藤はここに創薬の可能性を見出したのである。

コレステロールの中で、特にLDLコレステロールというタイプは「悪玉コレステロール」とも呼ばれ、動脈硬化の進行に深く関わっている。そのしくみはこうである。

血管の内皮(内側の壁)に何らかの理由で傷がついたとき、血液中のLDLコレステロールの濃度が高いと、傷からLDLコレステロールが血管の壁に入り込む、酸化LDLと呼ばれる有害な形に変化する。人の免疫システムはこれを異物として排除しようとし、免疫細胞の一種であるマクロファージが集合してLDLを貪食する(食べる)。だが、酸化LDLが多すぎるとマクロファージは死んでしまい、この死骸が血管の壁に蓄積、かゆ状のプラーク(垢のような塊)を形成する。これが血管の内腔を狭くしてしまうのだ。

したがって、LDLコレステロールを血液中から減らすことが、動脈硬化の予防につながるというわけである。

コレステロールの働きと合成
では、スタチンはどのような仕組みで血液中のコレステロール値を下げるのだろうか?

私たちの体は、体外から摂取したさまざまな栄養分を利用し、主に肝臓でコレステロールを生成する。実はコレステロール全体のうち、体内で生成されるものが70~80パーセントを占め、食事から直接摂取するコレステロールは残りの20~30パーセントである。

生活習慣病に関わる点で、コレステロールは人体に有害な物質ふだと思われがちだが、そういうわけではない。むしろコレステロールは、人が生きていく上でなくてはならない物質だ。全身に運ばれ、細胞を含む細胞膜の成分となり、性ホルモンや副腎皮質ホルモンなどのホルモンの原料となり、消化液に含まれる胆汁の原料にもなる。

コレステロールを生成するプロセスは非常に複雑で、30種類以上の酵素が関わる反応系だ。スタチンは、このプロセス全体のスピードを左右する「律速(りつそく)段階」を担う酵素をピンポイントに阻害することで、コレステロール生成を効率的に抑制するのだ。

スタチンは「コレステロールの生成プロセスを制御する手段」を人類に初めて与え、人体というブラックボックスに1つの風穴を開けた。スタチンが、コレステロール代謝に関わるさまざまな研究の実現に寄与した点で、その価値は単に「治療薬」であるにとどまらない。

1985年、コレステロール代謝のしくみを解明し、ノーベル医学生理学賞を受賞したアメリカの科学者ヨセフ・ゴールドスタインは、遠藤にスタチン提供を依頼するなど頻繁に情報交換を行って研究を進めていた。彼の研究成果に、遠藤は大いに寄与したのである。