じじぃの「科学・地球_311_新しい世界の資源地図・ロシア・プーチンの悲願」

【ゆっくり解説】ロシア正教と皇帝プーチンの夢、ルースキーミールとは?【ウクライナ侵攻】

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=qu3t7IMaaKI

ルースキー・ミール

ルースキー・ミール

ウィキペディアWikipedia) より
ルースキー・ミール(ロシア世界)は、ロシア文化に関連する社会的全体性である。
「ルースキー・ミール」はロシアの中核となる文化であり、伝統、歴史およびロシア語を通じてロシアの多様な文化と相互作用している。世界に影響を与えているロシア人のディアスポラも包含する。ロシア世界の概念は「ロシアらしさ」という考え方に基づいているが、どちらも曖昧であると考えられてきた。ロシア世界とその認識は、ロシアの歴史を通じて生まれ、その時代時代によって形作られた。
ロシア正教会とロシア世界
2019年1月31日、モスクワ総主教キリル1世は、ロシア正教会ウクライナとの間の宗教的関係についての懸念を表明した。
ウクライナは我々の教会の辺境にあるのではない。我々はキエフを『全てのロシアの都市の母』と呼ぶ。我々にとってキエフは多くの人々にとってのエルサレムである。ロシア正教はそこで始まった。したがってどのような状況の下においても我々はこの歴史的および精神的つながりを捨て去ることはできない。我々の教会の全体統一性はこれらの精神的連帯に基づいている」。

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新しい世界の資源地図――エネルギー・気候変動・国家の衝突

ヤーギン,ダニエル【著】〈Yergin Daniel〉/黒輪 篤嗣【訳】
地政学とエネルギー分野の劇的な変化によって、どのような新しい世界地図が形作られようとしているのか?
エネルギー問題の世界的権威で、ピューリッツァー賞受賞者の著者が、エネルギー革命と気候変動との闘い、ダイナミックに変化し続ける地図を読み解く衝撃の書。
目次
第1部 米国の新しい地図

第2部 ロシアの地図

第3部 中国の地図
第4部 中東の地図
第5部 自動車の地図
第6部 気候の地図

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『新しい世界の資源地図――エネルギー・気候変動・国家の衝突』

ダニエル・ヤーギン/著、黒輪篤嗣/訳 東洋経済新報社 2022年発行

序論 より

本書では、この新しい地図を読み解いていきたい。世界における米国の地位はシェール革命でどう変わったか。米国vsロシア・中国の新冷戦はどのように、どういう原因で発生しようとしているか。新冷戦にエネルギーはどういう役割を果たすのか。米中の全般的な関係は今後、どれくらい急速に(どれくらいの危険をはらんで)「関与」から「戦略的競争」へ推移し、冷戦の勃発と言える様相を帯び始めるか。いまだに世界の石油の3分の1と、かなりの割合の天然ガスを供給している中東の土台はどれくらい不安定になっているか。1世紀以上にわたって続き、すっかり当たり前になっている石油と自動車の生態系が今、新たな移動革命によってどのような脅威にされされているか。気候変動への懸念によってエネルギー地図がどのように描き直されているか、また、長年議論されてきた化石燃料から再生可能エネルギーへの「エネルギー転換」が実際にどのように成し遂げられるか。そして、新型コロナウイルスによってエネルギー市場や、世界の石油を現在支配しているビッグスリー(米国、サウジアラビア、ロシア)の役割はどう変わるのか。
第1部「米国の新しい地図」では、突如として起こったシェール革命の経緯を振り返る。シェール革命は世界のエネルギー市場を激変させ、世界の地政学を塗り替え、米国の立ち位置を変えた。シェールオイルシェールガスが、21世紀の現在まで最大のエネルギーイノベーションであると言える。
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第2部「ロシアの地図」では、エネルギーフローの相互作用や地政学的なせめぎ合い、さらには30年前のソビエト連邦崩壊と、ロシアを再び大国にしたいというウラジーミル・プーチンの宿願のせいで、なかなか決着しない国境問題から生じる火種について論じる。ロシアは「エネルギー大国」だが、経済面で石油と天然ガスの輸出に大きく依存している。ソ連ソビエト社会主義共和国連邦)時代同様、現在も、それらの輸出がもたらしうる欧州への政治的な影響力については、激しい論争が巻き起こっている。ただし、欧州や世界の天然ガス市場で起こった変化によって、そのような潜在的な影響力は消し去られている。

第2部 ロシアの地図 より

第12章 ウクライナと新たな制裁

スノーデン(アメリカ国家安全保障局 (NSA) および中央情報局 (CIA) の元局員)はロシア政府の保護を受けて、モスクワに滞在していた。このことを明かしたのは、ほかならぬウラジーミル・プーチン自身だった。プーチンは2013年9月3日の記者会見で、「今日はめずらしい話をしましょう」と切り出し、次のように詳細を語った。スノーデンは「最初、香港に飛び、そこで我々の外交代表に接触」した。その外交代表からプーチンのもとに、ロシアへの入国を求めている「特殊機関の職員」がいるという報告があった。プーチンはこれに対し、「ロ米関係を損ねる活動をいっさいしない」という条件付きで、入国を「歓迎」すると返事をした。ロシア政府はスノーデンの亡命を認めた。プーチンは好き好んでスノーデン問題を引き受けたわけではないと付け加え、次のように述べた。「豚の毛を刈るようなものです。鳴き声ばかり大きくて、毛はほとんど得られません」。
しかし、これを聞いた者たちは額面どおりに受け取らず、ロシアはスノーデンからたっぷり「毛」を得たに違いないと考えた。ロシア政府が「内部告発者」への同情心から、スノーデンを庇護するという政治的なコストを支払うとは到底思えなかったからだ。
コストはすぐに明らかになった。2013年9月にモスクワでオバマ大統領がプーチンと会う予定になっていた。これは4年ぶりの米ロの首脳会談だった。米ロ関係は2003年のイラク侵攻以来ぎくしゃくし、2008年の南オセチア紛争と2011年のアラブの春でさらに悪化していた。オバマ政権は米ロ関係全体を「リセット」しようとしていたが、2人の大統領の
個人的な関係は2009年の初会談以来、良好と言えなかぅた。その初会談では、児童用とおぼしき椅子にオバマが座らされ、プーチンが米国の対ロ関係の「誤り」を説いて聞かせた。2013年8月、スノーデンの国外逃亡後、オバマは次のように言い、その仕返しをした。「プーチンの姿勢のだらしなさは、まるで教室の後ろの席で退屈している児童のようだ」。

米国の狙いは、プーチンの悲願――「旧ソ連圏」に「特権」を持つ大国としてロシアを復活させること――の実現を阻むことにあるとプーチンは考えていた。

しかし、両政府の関係がいかに危ういものであっても、首脳会談を開ければ、少なくともいくらかは建設的な関係を回復するための手立てになっていただろう。しかしロシア政府が米国史上最も重大な機密情報漏洩事件の犯人と目されるスノーデンに亡命を許可してしまっては、オバマプーチンに会うわけにいかなかった。首脳会談は中止された。オバマはのちのロシアを、せいぜい「地域の大国」にすぎないとまで揶揄した。
一方、ウクライナは東西のあいだで進退窮まっていた。表面的に見れば、通商の問題だった。ロシア政府は「ユーラシア経済連合」と名付けた経済同盟によって、ロシアのリーダーシップのもとで旧ソ連諸国を新たに結束させ、共通の関税制度や統合経済圏を築こうとしていた。しかしウクライナEUとも、経済統合に準加盟国として加わるかどうかについての協議を続けている最中だった。これらは絶対に両立し得ないことであり、この2つの交渉のあいだに致命的な矛盾があった。互いに排他的な2つの関税制度に同時に属することは不可能だからだ。言い換えると、もしEUとの話し合いが合意に達すれば、ウクライナプーチンのユーラシア経済連合には加われなかった。
しかも、ウクライナEUとの関係を深めれば、地政学的にも大きな影響をもたらす。ウクライナは必然的にロシアから離れることになるからだ。ウクライナ政府とEUとの話し合いは、おもに技術官僚が中心となって進められ、地政学的な問題はあまり考慮されなかった。西側にとってウクライナは数ある欧州委員会や米国政府の関心事の1つにすぎなかった。
しかしロシアにとってウクライナは、のちにオバマが指摘したように「主要な」関心事だった。ロシア政府に言わせると、ウクライナはロシアの一部であり、そのつながりはキエフ大公国時代や、1654年のモスクワ大公国ツァーリへの忠誠まで遡ることができた。プーチンはこのロシアの考えを次のように要約している。「ウクライナは国ですらない。ウクライナとは何か。領土の一部は東欧にかかっているが、大部分は我々からの贈り物だ」。内戦時の白ロシアの指揮官の言葉を引用して、次のようにも述べた。

「大ロシアと、小ロシア、つまりウクライナがある。[……]我々の関係については誰にも口出しさせない。これはどこまでもロシア自身の問題だ」。

ウクライナでは経済が混乱し、汚職が横行していた。ヴィクトル・ヤヌコーヴィチ大統領自身が汚職の親玉という有様だった。2005年の大統領選挙で敗れたこの元ボクサーは、その後、政治のリングに戻ってくると、2010年のカムバックマッチで勝利し、大統領に返り咲いていた。
2013年、ヤヌコーヴィチがEUとの準加盟の協定にいよいよ調印しようとするときになって、ロシアはこの準加盟によってウクライナがユーラシア経済連合から締め出されることに急に気付いた。ロシア政府は提示金額を引き上げるとともに、圧力を強めて、ウクライナに「二者択一」を突き付けた。ヤヌコーヴィチは結局、EUとの協定の締結を撤回し、その見返りにロシア政府から150億ドルの融資を獲得した。
これに噴ったのが、ウクライナの国民だった。2013年末、およそ59万人がキエフの独立広場に集結して、EUとの協定や、汚職の蔓延、ロシアの影響力に抗議した。