じじぃの「科学・地球_108_46億年の物語・大衝突・月の形成」

ジャイアント・インパクト説

ウィキペディアWikipedia) より
ジャイアント・インパクト説(giant-impact hypothesis)とは、地球の衛星である月がどのように形成されたかを説明する学説。
巨大衝突説とも呼ばれる。この説においては、月は原始地球と火星ほどの大きさの天体が激突した結果形成されたとされ、この衝突はジャイアント・インパクト(Giant Impact、大衝突)と呼ばれる。また、英語ではBig Splash や Theia Impact と呼ばれることもある。原始地球に激突したとされる仮想の天体はテイア (Theia) と呼ばれることもある。
ジャイアント・インパクト説は月の形成に関する最も有力な説となっている。ただし、地球と月の成分構成などから疑問を唱える学者もおり、2017年には複数衝突説が発表されている。

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地球進化 46億年の物語 ブルーバックス

著:ロバート・ヘイゼン 訳:円城寺守 渡会圭子

はじめに より

岩石に刻まれた記録を調べるほど、生物と無生物のどちらも含めた自然界が、何度も形を変えているのがわかる。
これまで語られなかった壮大で複雑に絡み合った生命と非生命の領域には驚きがあふれている。私たちはそれらを分かち合わなくてはならない。それは私たちが地球だからだ。地球上の物質すべて、私たちの肉体をつくる原子と分子も、地球から生まれ、地球に戻る。私たちの故郷を知ることは、私たちの一部を知ることなのだ。
第1章 誕生 地球の形成
第2章 大衝突 月の形成
第3章 黒い地球 最初の玄武岩の殻
第4章 青い地球 海洋の形成
第5章 灰色の地球 最初の花崗岩の殻
第6章 生きている地球 生命の起源
第7章 赤い地球 光合成と大酸化イベント
第8章 「退屈な」10億年 鉱物の大変化
第9章 白い地球 全球凍結と温暖化のサイクル
第10章 緑の地球 陸上生物圏の出現
第11章 未来 惑星変化のシナリオ

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『地球進化 46億年の物語』

ロバート・ヘイゼン/著、円城寺守、渡会圭子/訳 ブルーバックス 2014年発行

第2章 大衝突 月の形成 より

月はどうしてできたのか

この地球の始まりの話は、全体的にきちんとして筋が通っていると思えるが、すぐ目に付く1つの例外がある。それは月だ。月は無視できないほど大きく、これまでのほぼ200年間の研究で、説明するのがきわめて難しいことがわかった。
小さな衛星は理解しやすいものが多い。火星のまわりを回っている、不規則な形で都市くらいの大きさのフォボスダイモスという2つの衛星は、重力に捕獲された小惑星と考えられている。木星土星天王星海王星の周囲を回っている何十という衛星は、それら2つよりはるかに大きいが、惑星に比べればごく小さい。最大級の衛星でも、質量は親惑星の1000分の1をはるかに下回る。それらは惑星が形成されたときに、いらなくなったガスや塵でつくられ、ガス惑星のまわりを回っているが、そのさまはあたかもミニチュア太陽系だ。
ところが地球の衛星である月は対照的に、惑星である地球と比較しても、かなり大きい。直径は地球の4分の1以上、質量は約80分の1だ。なずそのような特異な衛星になったのだろうか?
歴史学、とくに地球科学や宇宙科学は、いかに創造的な物語を構築できるかが頼りだ(ただしその物語はおおよそ事実と一致していなければならない)。1つ以上の物語が観察と一致したら、”多次元作業仮説”という慎重なスタンスを取る。これは推理小説が好きな人にはおなじみの戦略だ。
1969年にアポロによる月面着陸という歴史的な偉業が果たされるまで、「巨大衛星の謎事件」の容疑者として、とくに注目されていた説が3つあった。広く認められていた科学的仮説の1つ目は分裂説という、1878年ジョージ・ハワードダーウィン(自然科学者である父チャールズ・ダーウィンほど有名ではないが)が提唱した説である。ジョージ・ダーウィンが考えたシナリオでは、初期のどろどろした状態の地球は中心に猛スピードで自転していたため、引き伸ばされて、やがてマグマの塊が地表から切り離されて軌道に乗った(太陽からの重力の助けも少しあった)。このモデルにおける月は、初期の地球の一部が壊れてできたものだ。このドラマチックな物語の、想像力あふれるバリエーションの1つでは、太平洋海盆が、母なる地球が月を産んだときの傷跡だと言われている。
第2は捕獲説だ。月は太陽系の初期に地球とは別につくられ、地球と似たような軌道を回る微惑星だった。あるとき、これら2つの天体が近くを通り過ぎ、大きな地球が小さな月を捕獲して、落ち着きつつあった地球の円軌道に巻き込んだ。小さな岩石性の火星の衛星では、そうした重力メカニズムがうまく働いたようなので、地球で同じことが起こってもおかしくない。
第3の仮説は共成長説(双子説)で、月はほぼ現在と同じ位置で、地球を回る軌道に残っていた塵や破片の大きな雲からつくられたというものだ。これは太陽とその惑星、またガス惑星とその衛星の成り立ちについての説に倣(なら)っていて説得力がある。これは太陽系についての理論で、何度もとりあげられるテーマだ――大きな物質のまわりに塵やガスや石の雲から小さな物質がつくられる。
これら3つの競合する理論の中で、正しいのはどれだろうか? この問いに答えようとする人々は、月からの石(6つのアポロ着陸地点で集めた380キログラムを超える標本)がもたらすデータを待たなければならなかった。

ねじのはずれた世界

45億年前、地球では数時間ごとに潮汐力によって海が膨らむ潮汐バルジ(膨張、隆起)が起こっていた。しかし地表が軸を中心に自転する(5時間で1周)スピードは、同じ軸を中心に公転している月(84時間で1周)のスピードより速いので、余分な質量のある潮汐バルジのほうが常に優位に立っていて、絶えず月を重力で引っ張っているため、月は軌道を回るたびにどんどんスピードが速くなる。惑星運動についての不変の法則は、およそ400年前にドイツ人の数学者、ヨハネス・ケプラーによって初めて提唱された。それによれば、衛星のスピードが速くなるほど、中心の惑星からの距離は遠くなる。月は公転軌道を周りながら、徐々に地球から離れていった。
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すべての惑星ー衛星系が、必ずこのようなプロセスを経るわけではない。惑星の自転が衛星の公転スピードより遅ければ、容赦なくブレーキ効果が起こる。惑星の潮汐バルジがしだいに弱まると衛星の公転スピードも遅くなり、破滅へと近づく。やがて衛星はらせん状に惑星へと落下して飲み込まれる。これがジャイアント・インパクト説のまた違ったバリエーションだ。逆方向に自転している金星に衛星がないのも、おそらくそのためだ。金星の水がなくなり、今では焼けつくような厳しい環境の、生命のない世界になったことも、衛星のその悲惨な最期で説明できる。
地球ー月系が生まれて間もないころ、動きが遅くなった地球と加速される月との角運動量の交換は、現在よりはるかに大きかった。月が形成されて最初の100年、どちらの天体でもマグマの海が荒れ狂っていて、うねり、ゆがむこともあった。巨大なマグマが地表に流れ出し、月では同じようなマグマが盛り上がった。おそらくそのために月は1年に数十から数百メートル離れていき、同時に月の自転は最初の恐ろしいほどのペースから、少しづつ遅くなっていった。しかしこのような地面の浮沈は長くは続かなかった。地球と月が遠ざかるほど潮汐力がさらに衰える。距離が2倍になると重力は4分の1になる。距離が3倍になれば、重力は9分の1になる。
地面のうねりが繰り返され、地面の凝固が遅くなったが、止まることはなかった。大衝突から数百万年たたないうちに、地球と月の表面は黒くて硬い岩におおわれた。地面の浮沈(硬い岩のゆがみ)はささいな問題ではなかったが、それ以前の日常的なマグマの脹らみとはまったく違っていた。
明るい月は今でも、宇宙が創造と破壊が絡み合った場所であることを知らせてくれる。現在でさえ、私たちは宇宙からの突然の攻撃から逃れることはできない。危険な小惑星や彗星が、ときどき地球の軌道を横切っている。今から6500万年前には、1個の岩塊が恐竜を絶滅させた。これから数千万年以内には、他の巨大な岩塊が地球を標的にするだろう。人類の存続が種としての課題ならば、私たちは空を監視し続けたほうがいい。宇宙の隣人が無言の証言を行ってくれているからだ。変化はゆっくりで気づかないくらいかもしれないが、いつか悲惨な日が訪れる可能性はある。