Max Tegmarkを使った数学の宇宙
Parallel Universes
NHKドキュメンタリー 「超AI入門特別編 世界の知性が語る パラダイム転換 ~第一夜 脳と宇宙がつながる時~」
2019年6月26日 NHK Eテレ
●宇宙物理学者 マックス・テグマーク
何やらミステリー仕立てです。
「1秒後、私は死んだ」
どうやらトラックにひかれて死んだ人の告白なのですが、
「現実としか思えない。だが、本当に現実だと誰が言い切れるのか。トラックを構成するのは原子核だが、その原子核の質量の99.95%を占める原子核は、体積にするとトラックの体積のたった0.0000000000001%を占めているにすぎない。あとは原子核の間のスカスカな空間だ。さらにその原子より小さな素粒子の動きは異なる場所に同時に存在できる。これが量子物理学の世界である」
https://www.nhk.or.jp/docudocu/program/92225/2225691/index.html
『数学的な宇宙 究極の実在の姿を求めて』
マックス・テグマーク/著、谷本真幸/訳 講談社 2016年発行
実在とは何か より
1秒後、私は死んだ。こぐのを止め、ブレーキを握りしめたが、遅かった。ヘッドライト。ラジエーターグリル。40トンの鉄のかたまり。まるで現代に蘇ったドラゴンのように、けたたましく鳴り響く警笛。大きく見開かれた目から、トラック運転手がパニックになっているのが見て取れた。時がゆっくり進み、これまでの人生が走馬灯のように目の前を通り過ぎた。人生の最後に私が考えたことは、「夢であってほしい」だった。しかし無情にも、現実としか思えなかった……
しかしそれは本当に、夢ではなかったのだろうか。衝突の直前、夢の世界でしかあり得ないことに気づいていたらどうだろう。たとえば、死んだはずの私のイングリッド先生が元気な姿で後ろの駐輪ラックに座っていたら? あるいは、衝突の5秒前、視界の左上に、「右手を確認しないまま本当にアンダーパスを通過していいですか?」というメッセージの書かれたポップアップウィンドウが、「続ける」と「キャンセル」と書かれたクリックできるボタンとともに現れていたら? そんなことが起きていたなら、しかも私が『マトリックス』や『13F』のようなSF映画を十分多く見ていたなら、私は、自分のこれまでの人生が実はコンピューターシミュレーションだったのではないかと思い、実在についてそれまで当然のように仮定していた基本的事実が実は間違いだったのではないかと、疑い始めていただろう。しかしそんなことは経験しなかった。そして、起きたことは現実だと確信して、私は死んだ。結局、40トンのトラックが与える経験ほど、確固たる実感を伴うものなど、そうはないのだ。
しかし、最初にそう思ったことがいつもその通りとは限らない。これはトラックや実在そのものについても当てはまる。しかもこの認識は、哲学者やSF作家が著作や作品を通して示唆しているだけではなく、物理の実験からも示唆されていることなのだ。たとえば物理学者は、1世紀前から、鋼鉄が実はスカスカの空間であることを知っている。実際、鋼鉄の質量の99.95%を占める原子核は非常に微小な球で、鋼鉄の体積のたった0.0000000000001%を占めているにすぎない。こんなほとんど真空に近い空間が硬く感じられるのは、原子核どうしを一定の配置に固定している電磁気力が非常に強いからなのだ。
それだけではない。原子よりも小さな粒子についての様々な慎重な測定の結果、そうした小さな粒子は異なる場所に同時に存在できるらしいことさえ、現在では知られている。これは量子物理学の核心にある、よく知られた未解決の謎だ。しかもよく考えてみれば、私自身もそうした小さな粒子からできている。であるなら、私も異なる場所に同時に存在できるということなのだろうか?
・
そんなとき、クラスメートだったヨハン・オールドホフが、すべてを変える1冊をくれた。それは『ご冗談でしょう、ファインマンさん』だった。私はリチャード・ファインマンに会ったことは一度もないが、彼こそが、私が物理に転向した理由だった。この本は物理の本というより、鍵をっどうやってこじ開けるかとか、女性をどうやってひっかけるか、といったことについて詳しく述べた本なのだが、私は行間から、この人物は本当に物理を愛しているのだということを読み取ることができた。そしてそのことに、本当に強く引かれた。一見平凡な男が美女と腕を組んで歩いていたら、あなたはたぶん、自分が何かを見落としているのではないかと疑うだろう。その美女はおそらく、男に何か隠れた資質を見出しているに違いないからだ。私は突然、物理について、これと同じように感じたのだ。ファインマンは私が高校で見落とした何かを物理に見出していたに違いないと。