じじぃの「科学・芸術_483_特攻隊・九九式双発軽爆撃機」

[日本軍] 九九式双発軽爆撃機 WW2 Japanese Kawasaki Ki-48"Lily" 動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=PVgQhR_0W8I
九九式双発軽爆撃機

週刊文春 2018年4月5日号
阿川佐和子のこの人に会いたい 作家・演出家 鴻上尚史
同調圧力と自尊意識の低さは、特攻隊の頃から構造として変わっていない気がします。
著書『不死身の特攻兵』が大好評の鴻上さん。特攻隊として9度出撃したものの、全て生きて帰ってきた佐々木友次さんと出会ったきっかけとは。特攻隊の時代から続く、いまの日本が抱える問題についてもうかがいました。
阿川 お久しぶりです。ベストセラーになっている『不死身の特攻兵』(講談社現代新書)拝読しました。
鴻上 ありがとうございます。
阿川 劇作家の鴻上さんが第二次世界大戦の特攻隊に関するノンフィクションをお書きになったのがまず意外で。
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阿川 さらに、海軍の特攻隊というのは、「神風」で有名ですけど、陸軍にも特攻隊があったことを鴻上さんの本で初めて知りました。
鴻上 これは陸海軍共通なんですけど、最初の特攻隊は、絶対に成功させなきゃいけないということで熟練のパイロットを選んだんです。
阿川 佐々木さんは若くして熟練だったんですか?
鴻上 ええ、ただ上手いがゆえに著しくプライドを傷つけられたんですね。日々、殉教者も出るような難しい訓練をしていたのにある日当然「急降下爆撃はしなくてもいい。そのまま体当たりしろ」と言われるわけですから。

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『不死身の特攻兵 軍神はなぜ上官に反抗したか』 鴻上尚史/著 講談社現代新書 2017年発行
特殊任務 より
岩本隊長機を含めた3機の九九双軽(九九式双発軽爆撃機)は、フィリピンに輸送する資材を受け取るために、いったん、立川飛行場に立ち寄った。
佐々木ら下士官は、練習用の飛行機3機に分乗し、先に、岐阜県各務ヶ原飛行場へ飛んだ。そこで、自分の飛行場を受け取るためだ。若い下士官達は、初めて自分の搭乗する飛行機を貰えるということに興奮していた。しかし、各務ヶ原飛行場には、それらしき飛行機は見当たらなかった。
やがて、教えられて行った場所は、飛行場の北隅の繋留(けいりゅう)地帯だった。目につかないその場所に、20機近くの九九双軽が並んでいた。勇んで走り寄る下士官達が見たのは、飛行機の先端から3本のツノが突き出た九九双軽だった。
「なんだ、このツノは?」
自分が乗る飛行機を前にして、『万朶隊(ばんだたい)』の下士官達は、お互いに顔を見合せた。
やがて、立川飛行場から岩本隊長達が到着し、全員を前に緊張した顔で訓示した。
「我々は、フィリピンの激戦場に行くのであるから、生還を期さない覚悟であるのは言うまでもない。特に言っておきたいのは、我々は、特殊任務につくということである。これについては、改めて教えるが、なお一層、必死必殺の決心を固めてもらいたい」
佐々木ら下士官は、初めて自分達の出撃が「特殊任務」だということを教えられた。
そして、それは、九九双軽の風防ガラスから突き出している3本のツノと関係があると気がついた。
「特殊任務とは、なんだろう?」鵜沢軍曹が不安そうな声を出した。
「体当たりだよ」田中逸雄曹長が小声で教えた。鵜沢軍曹は、急に黙り込んだ。顔色が変わっていた。川島孝中尉が、硬い表情で言った。
「あのツノは信管だな。あれがぶつかると、機体の中で爆弾が破裂するんだ」
若い下士官達は、思わず顔を見合わせた。あきらかに動揺した表情だった。
九九双軽は、機首に旋回銃座(じゅうざ)がついている。だが、目の前にある九九双軽は、機関銃自体が取り払われ、死のツノが飛び出ていた。後部にあるはずの2つの旋回銃もなかった。
佐々木友次は、動けないまま、3本のツノをじっと見つめていた。