じじぃの「スポーツ国家アメリカ・第5章・リベット工のロージー!アメリカの雑学」
Women in Sports: A Documentary
women’s sports

リベット工のロージー

Model athletes - The portrayal of women’s sports in media
March 17, 2022 sports in media
Though the coverage is meager, major media platforms that do cover women’s athletics often tend to depict female athletes through a lens of traditional feminine values, like motherhood, beauty, grace and aesthetics.
https://universe.byu.edu/2022/03/17/model-athletes-the-portrayal-of-womens-sports-in-media/
『スポーツ国家アメリカ』
鈴木透/著 中央公論新社 2018年発行
自由と平等の理念を持つ、移民の国アメリカ。全米がスーパーボウルに熱狂するなど、スポーツが大きな存在感を持つ。野球をはじめとするアメリカ発祥の競技は、社会や文化とどう関係しているか。人種や性、地域社会の問題にアスリートたちはどう向き合ってきたか。大リーグの選手獲得方法やトランプ大統領とプロレスの関係は、現代アメリカの何を象徴しているのか。スポーツから見えてくる、超大国の成り立ちと現在。
第2部 スポーツの民主化と社会改革 第5章 女性解放とスポーツ より
チアリーディングの誕生
元来チアリーディングは男子学生がアメリカンフットボールの試合で行っていたものだった。ところが第二次世界大戦後、大学のアメリカンフットボールの試合のハーフタイムに女子学生にチアリーディングをさせることで場を盛り上げ、観客の目を楽しませようとする趣向が盛んに取り入れられるようになる。こうして世界的にも珍しい、女性チアリーダー文化がアメリカに生まれた。現に、チアリーディングと最も関係の深い競技は、アメリカンフットボールとバスケットボールという、ともにアメリカ生まれの競技である(日本ではチアリーダーというと野球を連想するだろうが、アメリカでは野球とチアリーディングはあまり関係がない。たたし、これらがいずれもアメリカ生まれの競技だという事実は、チアリーディングとアメリカ型競技の密接な関係をあらためて物語っているように思える)。
アメリカ型競技がその発展過程で戦争との接点を築いてきたことから考えれば、戦争が女性とスポーツの関係にも新たな局面をもたらしたとしても決して不思議ではない。実際、第二次世界大戦は、女子プロ野球リーグを誕生させた。それまでの女性と野球との関わりを考えれば、画期的な出来事であった。と同時にそれは、女性のスポーツへの進出にとってもう1つのネックとなっていた、「女らしさ」をめぐる問題を顕在化させた。
それまで女性の野球選手がいなかったわけではない。19世紀の末には女子大学などに女子野球チームが存在した。だが、野球は女性が堂々と競技できる種目にはならなかった。女性には危険だという感覚があったからだろう。だが、それは、野球を簡略化したソフトボールなら女性もプレー可能という意味でもあった。
野球よりも大きい球を使用するため、ソフトボールでは球が飛びにくく、19世紀末にこの競技が登場した当初は屋内でプレーされたこともあったほどだ。ソフトボールという名称が一般化したのは1920年代で、ルールが統一っされたのも1930年代と、すでに国技としての地位を確立していた野球に比べて後発で、ステイタスも低かった。それゆえ、女性チームの存在をあえて問題視するような動きもなかったのだ。現在でも、ソフトボールは女子の競技というイメージが強い。
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このリーグ(女性選手によるよるプロ野球リーグ)は1954年まで存続し、最盛期の1948年には10チームを数えた。チームのほとんどが中西部の中小都市を本拠としていたにもかかあらず、有料入場者数の統計は年間90万人を超えた。だが、人気が純粋に競技水準から来たものかは疑わしい。
最終的にリーグには600人以上の女性選手が在籍したが、大部分が元ソフトボール選手だったこともあり、発足当初のルールはソフトボールに近かった。実際、ボールの大きさ、投手と打者との距離、塁間の距離などはソフトボールと同じで、投手は下投げで投球していた。後にボールの大きさを小さくしたり、塁間を広げたり、上投げを解禁するなど、少しずつ野球に近くはなるが、明らかにそれは大リーグの野球とは似て非なるものであった。
にもかかわらず一定の人気を博したのは、セックスアピールによるところが大きい。ユニフォームは半袖のワンピースに腰の部分でベルトをしたもので、スカートの部分の丈は膝上15センチくらいまでとやや低めだった。
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女子プロ野球には見世物的要素が強く、一時的な代役として女性が利用された面も否めず、女性スポーツ史上の勝利とは言い難い。しかし、男の世界というイメージや女性には危険という感覚が強かった競技に女性も挑戦できると実証した意義は大きい。
第二次世界大戦では男性が数多く戦場に送られたため、軍需工場でも女性が力仕事の穴を埋めていた。現在でもアメリカでよく見かける「リベット工のロージー」のポスターは、男の仕事とされてきたものが戦時中に女性もこなせると証明されたことを象徴している。
第二次世界大戦は、対等とは言えないまでも男女の仕事の垣根を女性が越境する機会をも提供したのであり、それはスポーツの世界にも波及した。「女らしさ」が失われない限り、特定の競技から女性を締め出す理由がもはやないことを女子プロ野球リーグは証明してみせた。人種の壁に風穴を開けた野球という国技は、ここでも民主化を後押しする一定の役割を果たしたのだ。