じじぃの「人の死にざま_1338_ボブ・ヘイズ」

ブルーインパルス 五輪 動画 YouTube
http://www.youtube.com/watch?v=lVOeh-LCrdk
1964 - Bob Hayes - final 100m - Tokio Olympics 動画 YouTube
http://www.youtube.com/watch?v=MQjNYy2aEMI
ボブ・ヘイズ ウィキペディアWikipedia)より
ボブ・ヘイズ(Robert Lee "Bullet Bob" Hayes, 1942年12月20日 - 2002年9月18日)は、アメリカ合衆国の元陸上競技選手および元プロフットボール選手である。ニックネームは弾丸を表すBullet。
1962年、フロリダA&M大学在学中100ヤード走で9秒2の世界新記録を出した。翌1963年には再び世界新記録の9秒1を出した。この記録は11年後のアイボリー・クロケットによるまで破られることはなかった。
東京オリンピック
ボブは、東京オリンピックでスプリンターとしての才能を十分に発揮。100mでは、1レーンという悪状況にもかかわらず、10秒0という世界タイ記録(当時)を樹立し、まず1つ目の金メダルを獲得。そして4×100mリレーでもアメリカチームの一員として、39秒0のこれも世界新記録(当時)を樹立し、2つの金メダルを獲得した。
この時、朝日放送植草貞夫アナウンサーは放送実況(現・ジャパンコンソーシアム相当の共同製作機構)で「黒い弾丸・ボブ・ヘイズ!!」と実況したという。

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『1964年の東京オリンピック 「世紀の祭典」はいかに書かれ、語られたか』 石井正己/著 河出書房新社 2014年発行
男子100メートル走 不動の美しさ 【執筆者】安岡章太郎 (一部抜粋しています)
100メートル競走というのは、居合抜きみたいなものらしい。スタートのピストルの鳴った次の瞬間には、もう勝負は決まっている。
私の席は大体ゴールの真上であり、真っ正面のスタート位置から真っすぐにこちらへ向かってくる選手をみていると、だれが先頭にとび出し、だれが中途で追い抜いたものやら、中途の経過はさっぱりわからなかった。わかったのは、ただアメリカのヘイズ選手のからだがベラ棒に大きく見えたことだけだ。
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黒人のヘイズはふだんの生活ではさまざまな不如意や不満もあることだろう。ことに彼の故郷のフロリダでは、海岸で泳ぐのでも白人と黒人がハッキリ区別されているということをきいた。
しかし、いまスタート線に着いた彼の胸には、そういう日常の人間的なワズラワシサは宿ってはいまい。他人に白い目で見られるとか、自分のはだのにおいをだれかに避けて横を向いているとかいったことを思いわずらうには、あまりにも大きな、絶対的な目標が、彼の前に立ちふさがっているにちがいないからだ。
ピストルが鳴った。双眼鏡をのぞいていた私の目に、ヘイズのダッシュはむしろ意外にユックリと、まるで黒い小山がムラムラと動き出すような感じであった。しかし一瞬後には、彼のからだはビックリするほど大きくなり、風をはらむようにして、目の前へ迫ってきた。ゴールのテープを切った瞬間、他の選手がどこにいるのか見失うほど、彼のからだは圧倒的に大きくうつったのである。
拍手やら歓声やらが、まわりじゅうから起こったのは、それからしばらくたってからだ。となりのコースを走っていたシューマン(ドイツ)がヘイズの肩を抱き、握手をした。白いシューマンの腕が、真っ黒なヘイズの分厚い肩に巻きついた瞬間、ヘイズの胸に日常的な感覚がもどってきたのだろうか、白い歯を見せた黒い笑顔にポッと赤みがさすように思われた。
つづいてゴール際にいた青いブレザー・コートの役員の一人が手を差し出したが、もうヘイズは面倒臭そうに手を振って握手を断った。
記録は10秒フラット。オリンピック新記録、世界タイ記録である。やがて「星条旗よ永遠なれ」の吹奏とともに、彼の胸には金メダルがかがやく。勝負は終わったのだ。彼は1つの絶対的なものを征服した。

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