じじぃの「てるてるぼうず!本当は恐ろしいほど残酷な」

童謡てるてる坊主《TeruteruBozu》〜Mille Vents〜 動画 YouTube
http://www.youtube.com/watch?v=Bdpl3ti70UU&feature=related
てるてる坊主 動画あり d-score 楽譜
http://www.d-score.com/ar/A04062320.html
てるてる坊主 ウィキペディアWikipedia)より
てるてる坊主とは、日本の風習の一つである。
白い布やティッシュペーパーをくるんで作り、これを正立させた状態で軒先などに飾ると、明日の天気が晴れになると言われている。「てるてる法師」、「てれてれ坊主」、「日和坊主(ひよりぼうず)」など地域によってさまざまな呼称がある。
一部地域などでは逆に倒立させた状態で飾ると、明日の天気が雨になると言われている(「ふれふれ坊主」「あめあめ坊主」「るてるて坊主」と言われる)。またてるてる坊主に「顔を描くと」雨になるとする。
【起源】
元々は中国から入ってきた風習である(雲掃人形、掃晴娘)。
【童謡】
作詞:浅原六朗(号:鏡村)、作曲:中山晋平による同名の童謡がある。1921年(大正10年)に発表され、教科書にも掲載されていた。
3番の歌詞は、「晴れにならなければ首をちょん切る」といった残酷な内容であるため、現在放送する際はカットすることが多い。

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『案外、知らずに歌ってた童謡の謎』 合田道人/著 祥伝社 2002年発行
てるてるぼうず どうして首をチョン切るの? (一部抜粋しています)
"てるてるぼうず"を漢字で表わすと、当然日を照らすのだから「照照坊主」と書き表すことになる。
しかしこの坊主、最初は男でなく女だった。
 「えっ? てるてる坊主は、あまさんだったということか?」
ちょっと違う。それもこの坊主、日本生まれではなかったのだ。
実のところ、てるてる坊主の正体は中国の掃晴娘(そうせいじょう)だといわれているのだ。
掃晴娘は、必ず掃除のために箒(ほうき)をもっていた。箒は例や悪事だけでなく福をも掃(は)き払うほどに力を持つとされた、一種の呪具(じゅぐ)だった。
その箒を使って雲を掃き払い、晴天に導くのが掃晴娘の役目。
だから中国では、箒を持った人形を吊るしていたというのだ。
その風習が、日本に入ってきたのが平安時代だとされる。天気占いとはいえ、ひとつの祈祷を施(ほどこ)すわけだ。こういったとき日本では、普通僧侶がその任を承(うけたまわ)る。年かさの少ない若い娘さんより坊さんの方が、効果があると信じられていたのである。経験がものをいう・・・、というやつだ。
その当時は、人形をこしらえて軒下ではなく、ナンテンの木の下に吊るした。ナンテンは中国が原産の常緑低木で悪霊を払うという霊力のある木。家の鬼門などにも植えられていた木である。
その霊木の下に人形を吊るし、神に祈祷を捧げていたわけだ。ナンテンのことを"難を転じる"と考え、幸せをもたらしてくれるものともしたのだ。
ナンテン本来の漢字は"南天"と書く。これは文字どおり、南の空を意味する。南の方角は温暖で晴れた日が多いという意味も加わっていたのだ。
この童謡が中山晋平の手によって作曲、発表されたのは大正12年(1923年)のことだが、平安時代なり、このてるてるぼうずの風習が一般庶民に広がったとされる江戸時代なり、その時分からおそらく出だしの、
 ♪てるてるぼうず てるぼうず あした天気にしておくれ・・・
の詩とメロディー部は、現在のものとほぼ同じ形で存在していたように思う。おそらく自然に詩と節が生まれて、それが口から口へと伝わっていったのだろう。それを証拠に各地によく似た節が残されている。福岡のわらべ歌にはそっくり同じ形のものまで残っている。
晋平も口づてに歌われていたこの部分だけは模倣して作ったのだろう。
だから、
 ♪あした天気にしておくれ・・・
の後に続く2行が、新しく書き加えられたことになる。
作詞をした浅原鏡村は「てるてるぼうず」1曲だけで童謡会に名をはせた人。
実は曲がつけられる前に発表された詩では、現在1番で歌われている
 ♪晴れたら 金の鈴あげよ・・・
の下りは2番になっていて、代わりに1番はこう書かれていた。
 「もし曇って泣いたら、空を見上げてみんな泣こう・・・」
叙情的でほのかにもの悲しいが、これではてるてるぼうずの使命をはっきり言って果たしていない、晴れていないのだから・・・。
それなら、いっそのこと、
 ♪そなたの首を チョンと切るぞ・・・
の方が、潔(いさぎよ)い。
しかし子供の歌にしてはこの詩、強烈すぎはしないか?
 "約束をたがえたら首をはねるぞ・・・"
とはまるで、忠誠を誓った家来にく買って殿さまが発する言葉みたいなものではないか。
ただ子供というのは虫の首をちぎったり、胴体を外してみたり結構、平気で残酷なことをする一面を持ち合せていることも確かだ。
でも紙といえども神である。なぜだ?
もしや、浅原鏡村の生い立ちに関係があるのではないだろうか?

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てるてる坊主 作詞:浅原鏡村 作曲:中山晋平
1.てるてる坊主 てる坊主
  あした天気に しておくれ
  いつかの夢の 空のよに
  晴れたら 金の鈴あげよ
2.てるてる坊主 てる坊主
  あした天気に しておくれ
  私の願いを 聞いたなら
  あまいお酒を たんと飲ましょ
3.てるてる坊主 てる坊主
  あした天気に しておくれ
  それでも曇って 泣いてたら
  そなたの首を チョンと切るぞ

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どうでもいい、じじいの日記。
『案外、知らずに歌ってた童謡の謎』という本を見ていたら「てるてるぼうず どうして首をチョン切るの?」が出てきた。
「てるてる坊主」は
 ♪てるてる坊主 てる坊主 あした天気に しておくれ・・・
で始まるあの有名な歌である。
しとしと、雨が降る日は外で遊ぶことができない。
てるてる坊主を窓に吊るしたのを見て、「あしたが天気になってくれますように」
ほのぼのとした情景が浮かぶ歌である。
ところが3番に、「そなたの首を チョンと切るぞ」。こんな歌詞があるとは知らなかった。
子どもは純真なようで、怖いところがある。とんぼの羽根をむしり取ったり、胴体を引きちぎったりする。
 ♪そなたの首を チョンと切るぞ
は、そんな子どもの持つ残酷さを歌に込めたのかもしれない。
また、てるてる坊主は子どもの願いを込めた人形だが、首吊り人形なのである。
この歌を作詞した浅原鏡村の父親は牧師だ。
キリスト教一神教だ。浅原も父親の影響を受けているのだろうか。"照照坊主"という神が子どもの願いをかなえないのなら、そんな神など殺してしまえとでもいうのだろうか。
童謡の中に、ちょっと残酷さを入れるのはカレーにカレー粉というスパイスを入れるようなものなのかもしれない。