じじぃの「世界遺産・世界で最も優美な建物・タージ・マハルの秘密!封印されたミステリー」

TAJ MAHAL 動画 YouTube
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A.R.Rahman song on Taj Mahal 動画 YouTube
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タージ・マハル Google 検索
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世界遺産ライブラリー [タージ・マハル] NHK世界遺産
世界でもっとも美しい霊廟とよばれるタージ・マハルは、ムガル帝国の第5代皇帝シャー・ジャハーンが、若くして亡くなった最愛の王妃ムムターズ・マハルのために建てた白大理石造りの巨大な建造物です。
「シリーズ世界遺産100」では、白亜の霊廟の美しい姿を、皇帝シャー・ジャハーンの波瀾の生涯とともに伝えます。シャー・ジャハーンは、砂漠の民イスラムがインドに侵攻してムガル帝国を樹立してから100年、帝国の絶頂期に皇帝となった人物でした。皇帝は王妃ムムターズ・マハルを限りなく愛し、戦場にさえ連れて行きました。王妃は14人の子どもを生みますが、36歳の若さで亡くなってしまいます。皇帝は深く悲しみ、世界各地から最高の職人と材料を集め、イスラム様式の壮大な白亜の霊廟を築きました。皇帝はヤムナー川の対岸に自らの霊廟を黒大理石で造り、タージ・マハルと橋でつなぐ計画であったと言います。しかし皇帝は三男によってアーグラ城に幽閉され、その夢は果たせませんでした。幽閉された城の塔からタージ・マハルを眺めることが、シャー・ジャハーン晩年の唯一の慰めであったと言います。シャー・ジャハーンは今、最愛の王妃ムムターズ・マハルとともに、タージ・マハルに眠っています。
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『愛蔵版 世界遺産・封印されたミステリー』 平川陽一/著 PHP研究所 2010年発行
天上の7つの楽園を凌ぐタージ・マハルの秘密 【遺跡名】 タージ・マハル (一部抜粋しています)
花と緑に飾られた中央の流れ、その前方に、まるで汚(けが)れを知らない女神のように純白のミナレットと高さ65メートルのドームが優美にそびえる。地球上、最も優美で最も高貴な建物といわれ、あまりの気高さから、どう見ても、汚れ多き人の手により造られたものとは思えないと、新・世界七不思議の1つに数えられるタージ・マハル。
白大理石の壁に彫られた唐草模様には、まばゆい宝石がちりばめられている。しかも、翡翠(ひすい)、水晶、トルコ石、ルビー、サファイアアメジスト、メノウ、ダイアモンド、サンゴ……と世界各地から、その地で最も美しい宝石を取り寄せて使用しているという贅沢さである。もちろん、金、銀は惜しげもなく使われている。
世界各国から集められたのは宝石ばかりでない。モザイク職人や大理石工、さらにフランスからは金細工師、イタリアからは宝石職人も招聘(しょうへい)された。タージ・マハルは文字どおり、世界の工芸技術の粋を結集させて完成されたのである。
その類まれな美しさ、言葉を超えた高貴さは、タージ・マハル建設当時の年代記に、「その威容と美しさは、天上の7つの楽園を凌ぐ」と記されたほどだった。
この典雅な建物の正体が墓だと知れば、驚く人も多いだろう。愛妃の墓であることから、タージ・マハルはしばしば、「皇帝のための息の化石」といわれている。
タージ・マハルを建造したのは、ムガル帝国第5第皇帝シャー・ジャハーンである。シャー・ジャハーンは戦い好きで、1630年、南インドデカン高原へ赴いた。皇帝はことのほか妃を愛しており、戦地にも常に妃をともなうのが習わしだった。妃のムムターズ・マハルは宮廷の名家の出身で、夫の戦略のよき相談相手でもあったという。このとき、妃は懐妊中だったが、すでに14回目のお産でもあり、ためらうことなく夫の戦列に従った。
だが、すでに37歳、当時のインドでは、出産するにはかなりの高齢で、妃は戦地での出産の後、産褥(さんじょく)熱がもとで、ついにこの世を去ってしまったのである。
皇帝の嘆きはただならぬものだった。皇帝は国民にも2年間の喪に服すことを命じると、あれほど熱中していた戦いにも出かけなくなり、ただ深い悲しみに沈むばかりだった。
ちょうどそのころ、インドでは廟を造ることが一種のブームになっていた。本来、輪廻転生(りんねてんしょう)を信じるインドでは墓を造る習慣がなかった。だが、イスラムの浸透によって、そうした習慣がもたらされ、ヒンドゥの流布後も継承された。ムムターズ・マハルが亡くなったのは、廟建築ブームが洗練の極みに達した時期と一致していたのである。
しかし、である。タージ・マハルは建物全体に白亜の大理石が使われ、前述のように壁面のいたるところに、宝石をちりばめた唐草模様が世界最高の技術で刻み込まれれいた。完成までに実に22年の歳月が費やされている。費やされたのは時間ばかりではない。タージ・マハルの建造はムガル帝国の屋台骨を揺るがすほどの膨大な出費もともなった。
古来、こうした国家的大事業を企てる国王や皇帝は、名君主か、歴代の王の中でもきわだった存在感を放つ王だった。だが、皇帝シャー・ジャハーンは、実はタージ・マハルを建造したという以外に、これといった功績を残しているわけではない。あまり有能な皇帝とはいいにくいのである。
では、いったいなぜ、シャー・ジャハーンはタージ・マハルのような後世に長く止まる、美の極みを建造することができたのであろうか。これは永遠の謎としかいいようがない。
それどころか、シャー・ジャハーンはタージ・マハルの完成後は、ちょうどタージ・マハルと向き合う位置に、今度は黒大理石を使って自らの廟を造営しようとした。
さすがにこの企ては、皇帝の息子であり、次の皇帝となったアウラングゼーブに知るところとなり、シャー・ジャハーンは息子に捕えられ、自らの黒大理石の廟を建てる予定だった土地の近くのアーグラ城に幽閉された。
幽閉されたアーグラ城の窓から、帝シャー・ジャハーンは日夜、タージ・マハルを眺めては泣き暮らし、74歳で愛してやまない妃のもとに旅立ったという。

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どうでもいい、じじぃの日記。
平川陽一著 『愛蔵版 世界遺産・封印されたミステリー』という本を見ていたら、「天上の7つの楽園を凌ぐタージ・マハルの秘密」というのがあった。
「新・世界七不思議の1つに数えられるタージ・マハル」
世界遺産の中で最も優美な建物として、このインドのタージ・マハルの他には、日本の姫路城、ドイツのノイシュバンシュタイン城、スペインのアルハンブラ宮殿が思い浮ぶ。
タージ・マハルはムガル帝国第5代皇帝シャー・ジャハーンが愛妃ムムターズ・マハルの死を悼んで建設した霊廟だ。
「タージ・マハルは建物全体に白亜の大理石が使われ、前述のように壁面のいたるところに、宝石をちりばめた唐草模様が世界最高の技術で刻み込まれれいた。完成までに実に22年の歳月が費やされている」
タージ・マハルの映像を見ると、廟の前の長い通路のような場所に水が一面に張られている。いかにも死者を弔うための川のように見える。ムガル帝国イスラム征服王朝ではあるが、どこかヒンドゥ教の匂いが感じられる。
この間、フジテレビ 『たけしのコマネチ大学数学科』を観ていたら、現役東大生の女性がこんなことを言っていた。
現役東大生の女性、「ちょっと、世界旅行して、タージ・マハル、カッパドキアを見てきました」
ガダルカナル・タカ、「カッパドキアにカッパはいませんでしたか」
タージ・マハルは一度は行ってみたいところらしい。
タージ・マハルは1983年 文化遺産としてユネスコ世界遺産に登録された。