じじぃの「人の死にざま_822_直木・三」

直木三十五 - あのひと検索 SPYSEE
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2010-04-25の作曲&録音「直木三十五 南国太平記 動画 YouTube
http://www.youtube.com/watch?v=qkXEa_ZvqQQ
第146回 芥川賞直木賞 受賞者記者会見 動画 YouTube
http://www.youtube.com/watch?v=JSOnBxWWWpw
直木賞】葉室さんの横顔と受賞作 - MSN産経ニュース 2012.1.17 MSN産経ニュース
http://sankei.jp.msn.com/life/news/120117/art12011720170009-n1.htm
直木三十五 フリー百科事典『ウィキペディアWikipedia)』 (一部抜粋しています)
直木三十五は、日本の小説家である。また脚本家、映画監督でもあった。現在、エンターテインメント系の作品に与えられる直木三十五賞(通称「直木賞」)は、彼に由来する。
【来歴・人物】
1891年(明治24年)2月12日、現在の大阪市中央区安堂寺町2丁目に生まれる。本名は植村宗一、東洋史学者の植村清二実弟
父の反対を押して早稲田大学英文科予科を経て、早稲田大学高等師範部英語科へ進学したが、月謝未納で中退。しかし早稲田大学へは登校し続けており、卒業記念写真の撮影にも参加している。1920年里見紝久米正雄吉井勇田中純らによって創刊された『人間』の編集を担当、その際は「植村宋一」の名を使った。1923年の関東大震災以後は大阪のプラトン社に勤務し、川口松太郎とともに娯楽雑誌『苦楽』の編集に当たった。以後、次第に時代小説を書くようになり、1929年、『由比根元大殺記』で大衆作家として認められた。『黄門廻国記』は月形龍之介の主演した映画『水戸黄門』の原作にもなった。ほかにも直木作品を原作とした映画は50本近くある。
代表作となったのは、お由羅騒動を描いた『南国太平記』だが、これは三田村鳶魚が調べて発表したのを元ネタにしたため三田村が怒り、『大衆文藝評判記』を書いて歴史小説・時代小説家らの無知を批判したが、そのため海音寺潮五郎司馬遼太郎永井路子など(いずれも直木賞受賞)の本格的歴史作家が育った。
1934年(昭和9年)2月24日に死去。43歳没。
亡くなった翌年の1935年、文藝春秋社長・菊池寛により直木賞が設置された。忌日の2月24日は、代表作『南国太平記』に因んで「南国忌」という。大阪に直木三十五記念館がある。

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『人間臨終図巻 上巻』 山田風太郎著 徳間書店
直木三十五(なおきさんじゅうご) (1891-1934) 43歳で死亡。(一部抜粋しています)
昭和9年2月、直木は肺結核から進んだ脊椎カリエスのために東京帝大病院に入院した。菊池寛はいう。「入院というときも、直木の財布には2、300円しかなかった。方々から原稿料を集めて、それで入院したくらいだった」
17日、弟の植村清二が見舞ったとき、「おれの金はこの月末でおしまいだ。あとはもう一文もない」と、いった。
入院前の彼は、流行作家として月に2000円平均という当時としては巨額の収入があったのだが、それをすべて消費しつくしていたのである。
やがて腹膜炎を併発し、その苦痛のために怒号しつづけ、ついには看護婦がみな寄りつかないようになった。
23日には半ば無意識状態におちいった。それでも彼の小説の載っている雑誌を与えると頁(ページ)をめくり、自分の小説を裂きとるような手つきをした。友人の三上於菟吉(おときち)がそれを見て「作家は、業(ごう)だね」といった。
24日夜11時5分、火の消えるように彼は息をひきとった。
直木の病状は時々刻々ラジオでほ報じられた。
彼が死ぬと、「朝日新聞」は、「武士の斬死(きりじに)」と評した。
直木三十五の死は、全文壇、全ジャーナリズムをにぎわした点で、まったく空前絶後であるといえるであろう。……漱石や鴎外が死んだ場合だって、とうていこれには及ばなかったようである」
と、当時大宅壮一は書く。

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直木三十五 Google 検索
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じじぃの「古川飛行士・宇宙の5ヵ月半を語る!プライム」

古川聡Satoshi Furukawa宇宙飛行士 動画 YouTube
http://www.youtube.com/watch?v=kXYgiDbDzRE&feature=related
古川聡さん 佐賀・群馬の子供たちと交信 動画 YouTube
http://www.youtube.com/watch?v=-DnhF00gMa8&feature=related
古川聡JAXA宇宙飛行士) 画像
http://www.sorae.jp/newsimg10/1111furukawa.jpg
プライムニュース 「古川飛行士緊急出演! 宇宙の5ヵ月半を語る 日本人を火星に派遣?」 2012年1月20日 BSフジ
【キャスター】島田彩夏、反町理、小林泰一郎解説委員 【ゲスト】放送大学教授 海部宣男宇宙航空研究開発機構宇宙飛行士 古川聡
前編:http://www.bsfuji.tv/primenews/movie/index.html?d120120_0
後編:http://www.bsfuji.tv/primenews/movie/index.html?d120120_1
『宇宙飛行士85の秘密』 株式会社レッカ社/編集、岩田勉/監修 PHP文庫 2011年発行
人類は火星に行けるの? (一部抜粋しています)
火星は月とともに、昔からSF小説や映画などで馴染みの深い天体だ。タコの姿をした火星人が地球に来襲したり、火星を舞台にしたアクション巨編など、読んだり見たりしたことがあるだろう。
そして、太陽系のなかでは、地球と距離が近い惑星であり、なおかつ水があったり、過去には大量の水があったりと生物が存在する可能性が議論されるほど、ほかの太陽系惑星に比べて環境は緩やかだ。
この火星は、月に到達した人間の次なる目標といってもいいだろう。ただほかの惑星に比べて近いといっても、月へは3日ほどかければ行けるのに対して、火星へ行くには、場合によっては1年以上の時間がかかる。火星は月に比べてはるかに遠い天体なのだ。
しかも、地球も火星もお互いに太陽の周りを回っている惑星同士だ。そのため、行きも帰りも時間経過とともに変化する目標の位置を計算しなければならない。
ちなみに、この遠い火星への行き方として、最少のエネルギーで到達するホーマン軌道というものがある。ただこれは必要とされる速度増分が少ない替わりに時間がかかる航路だ。このホーマン軌道に対し、長半径の大きい楕円軌道を用いると、より早く到達することができるという。ただし、必要とされる速度は増加する。
そのとき、加速に利用できるのがスイングバイ航法だ。これは宇宙船が天体の近くを通過するとき、その天体の重力でコースが曲げられてしまうことを利用した航法で、そのときに速度を増大させることができるのである。
このように、月よりも到達するのが難しそうな火星だが、無人の探査機は月への有人探査よりも先に火星に行っている。

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『絶対にすべらない雑学の鉄板ネタ 』 博学こだわり倶楽部/編 河出書房新社 2012年発行
宇宙空間でオナラをすると命取りになりかねない! (一部抜粋しています)
人間は、宇宙空間にあっても、大小便もすれば、オナラもする。では、宇宙ステーションでオナラをしたら、どうなるのだろうか?
じつは、これは笑いごとではない。宇宙開発者にとって、宇宙空間でのオナラは、かなりの重大問題なのである。
まず、宇宙飛行士が、ほかの飛行士のオナラのニオイをまともに食らうと、卒倒する危険さえあるという。というのも、地上でオナラをしたときは、相当に臭いオナラでも周囲の空気と混じり合うので、そのニオイは薄められている。
ところが、宇宙空間は無重力なので、ステーション内部を空気で満たしていたとしても、空気が対流しないので、オナラはその場に漂い続けることのなる。そのため、いつまでたっても臭く、それが鼻を直撃すると、気絶するほどの悪臭に見舞われることになるという。
また、オナラをブッと勢いよく発すると、無重力だけに、まるでジェット噴射したように、体が前方へ飛んでしまうこともある。そのさい、当たったところが悪ければ、ケガにもつながりかねない。
さらに、オナラには水素やメタンガスが含まれているため、電気系統と接触、引火し、大事故に発展する可能性もゼロとは言い切れない。

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どうでもいい、じじぃの日記。
1/20、BSフジ 『プライムニュース』で「古川飛行士緊急出演! 宇宙の5ヵ月半を語る 日本人を火星に派遣?」を観た。
古川聡さんは1964年(昭和39年)生まれの47歳。去年6月にソユーズに搭乗し、約5ヵ月半の国際宇宙ステーションISS)に長期滞在を行った。中年の星である。
反町さん、「宇宙に行くと放射線を浴びるわけですよね。それでも行きたかったんですか」
古川さん、「最初から、分かっていた」
反町さん、「半年間で100〜150ミリシーベルト放射線を浴びるということは、地上では100年分の被曝量ですよ」
古川さん、「宇宙に行くと、がんを発症する確率は1%上がるといわれている。人間が一生でがんにかかる確率は50%といわれているから、51%になるわけだ。リスクが1%上がるのは許容範囲だ」
島田さん、「医師としてのキャリアは惜しくなかったのか」
古川さん、「子供のころから夢だったのだから、ここで挑戦しなかったら、後で後悔すると思った」
反町さん、「スペースシャトルなど事故があった。気持ちは変化しなかったのか」
古川さん、「リスクを深く考えてもどうしようもない。自分に出来ることをやろうと思った」
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古川さんの提言、
「大人も夢」
古川さん、「もう一度、国際宇宙ステーションに滞在したい。火星もいいですね」
じじぃの感想
古川さんって笑顔が素敵だな。
古川さんは国際宇宙ステーションでのオナラ、どうしたんだろう。