ポマト
岡田善雄 コトバンク より
岡田 善雄(おかだ よしお、1928 - 2008) 昭和後期-平成時代の細胞生物学者。
1952年大阪大学医学部卒業。大阪大学微生物病研究所を経て 1972年同大細胞工学センター教授となり,1982〜87年同センター長,1990年から財団法人千里ライフサイエンス振興財団の理事長を務めた。
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現代免疫物語―花粉症や移植が教える生命の不思議 岸本忠三・中嶋彰/著 ブルーバックス 2007年発行
抗体の不思議物語 (一部抜粋しています)
「モノクローナル抗体」という魅力的な抗体をご存じだろうか。この抗体は大量に作る方法を考案した英ケンブリッジ大学のC・ミルシュタインら2人の研究者はノーベル生理学医学賞を獲得した。モノクローナル抗体は、科学の歴史に深く名前を刻んだ重要な抗体である。
人の体に異物が侵入するとB細胞は多彩な抗体を作り出す。こうした抗体の群れの中から取り出した単一種の純粋な抗体がモノクローナル抗体。聞きなれないモノクローナルという言葉は「単一」を意味する「モノ」と、「同じ遺伝子を持つ生物や細胞の集団」を意味する「クローン」の合体語だ。
モノクローナル抗体は、それまで越えられなかった厚い壁を突き破るブレークスルー(突破口)の役割を果たし、研究者たちはモノクローナル抗体を利用して、生命科学や医学の分野で傑出した成果を上げていった。
だがモノクローナル抗体は、大阪大学の岡田善雄がウイルスの働きで細胞と細胞が融合する前代未聞の現象を発見しなければ登場は遅れていただろう。日本に端を発した「細胞融合」技術こそ、モノクローナル抗体の母体となった技術である。
これからしばらく語るのは、細胞融合やモノクローナル抗体の研究に精魂を込めた研究者の物語である。
1950年代半ば、当時、阪大の微生物病研究所の教授だった岡田は奇妙な現象に巡り合った。東北大学で発見されたばかりの「センダイ・ウイルス」というウイルスを岡田はネズミのがん細胞に感染させた。するとがん細胞の細胞膜は溶けてなくなり、2つの細胞が融合した巨大な細胞が出現した。
こんな現象は、過去、世界のどこの研究機関からも報告されていない。驚いた岡田は「大阪大学微生物病研究会誌」に一連の研究成果を報告した。だが世界で初めて、細胞融合が報告されたというのに反応は希薄だった。「ウイルスが細胞を溶かし融合する」現象は確かに珍しい。しかし、それが一体、何の役に立つのか、当時の研究者は見当がつかず、深い関心を示せなかったのだ。
しかし鋭い反応を見せた研究者が海外に現れた。英オックスフォード大学のH・ハリスだ。彼は人間の細胞とネズミの細胞を融合する実験を思いつき、センダイ・ウイルスを使って実行に移した。
実験は思い通り成功し「キメラ細胞」が誕生した。キメラはギリシャ神話に登場する頭はライオン、胴体はヤギ、尻尾は蛇の空想の怪物。この神話にならうかのように、異なる細胞が融合したため、研究者たちはこの細胞をキメラ細胞と呼んだ。
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細胞融合といえば医学関係者はモノクローナル抗体を連想する。だが一般にはむしろ「ポマト」の方がなじみが深いかもしれない。ポマトはジャガイモとトマトを細胞融合で一体化して作り出された新野菜。1970年代にドイツのマックス・プランク研究所が開発し話題を呼んだ。
ポマトの夢はこう語られた。地上にはトマトの赤い実がなる。一方、地下にはジャガイモができる、と。あるいは寒さに弱いトマトに寒さに強いジャガイモの特徴を持たせることができる、ともいわれた。
ポマトは残念ながら私たちの食卓にはのぼっていない。だが、ポマトの開発がきっかけとなり、日本では80年代に細胞融合技術を使った新種開発の動きが強まった。キャベツとハクサイを融合した「ハクラン」は、そうして開発された新種の一つだ。