Mouse Ears
ジュラ紀の哺乳型類モルガヌコドンの想像図
古生物学:初期の哺乳類が小さかった理由は顎の力学的構造で説明できる可能性がある
2018年9月27日 Nature Portfolio
初期の哺乳類は、なぜあれほど小さかったのか。爬虫類から哺乳類への移行には、顎と頭蓋とをつなぐ関節における根本的な変化が関与していた。
複数の骨で構成されていた下顎が単一の歯骨からなるものへと変化した一方、下顎の2つの骨が小型化して中耳の構成要素として組み込まれ、3つの耳小骨からなる哺乳類中耳を生じたのである。そこで、ある疑問が生じる。移行期の哺乳類はどのようにして、同じ組み合わせの骨を、獲物を捕らえてかみつくためのツールとしての機能(かなりの損耗や応力、負荷を伴う)と、聴覚という繊細で精密な機能の両方に使うことができたのか。そのカギは最小化にあったと考えられる。
https://www.natureasia.com/ja-jp/nature/highlights/94324
『哺乳類の興隆史――恐竜の陰を出て、新たな覇者になるまで』
スティーブ・ブルサッテ/著、黒川耕大/訳、土屋健/監修 みすず書房 2024年発行
約3億年前に爬虫類の祖先と分かれたグループが、幾多の絶滅事件を乗り越えて私たちに至るまでの、途方もない歴史を描く書。
第2章 哺乳類が出来上がるまで より
ペルム紀末、現在のロシアに当たる地域には多くの獣弓類が生息し、火山地帯からそう遠くない場所で暮らしていた。ゴルゴノプス類がディキノドン類に犬歯を突き立て、キノドン類がシダ種子植物の森に身を潜めていた。それらの動物が噴火の直接の被害者となったにちがいなく。多くは低俗な災害映画よろしく文字どおり溶岩に飲み込まれただろう。
しかし被害はこれに留まらず、溶岩よりずっと恐ろしい火山の潜在的な脅威が露わになった。「サイレントキラー」と呼ばれる二酸化炭素やメタンなどの有害なガスが溶岩とともに湧き上がり、大気に放出され世界に拡散したのだ。これらは温室効果ガスであり、赤外線を吸収して地表に送り出すことで熱を大気に留める。おかげで急激な温暖化が起き、気温が数万年で5~8度ほど上昇した。
いま起きていることに似ているが、実は現在の温暖化よりはペースが遅かった(現代人に現状の再考を迫る事実だ)。それでも海洋を酸性化・貧酸素化させるには十分で。殻を持つ無脊椎動物やその他の海棲生物が広範囲で死滅した。
第3章 哺乳類と恐竜 より
(ネズミほどの大きさの初期哺乳類である)ドコドン類やハラミヤ類の多様性の高さ(種類の多さ、中国の森からスコットランドの潟に至るまでの世界帝な分布、食性・生息地・生活様式の驚くベき多様さ)を踏まえると、両グループを「哺乳類進化の袋小路」呼ばわりすることがバカらしく思えてくる。残念ながら、私自身も過去の著作や講義でそう表現していたのだが。
この表現が好ましくない理由は他にもある。ドコドン類やハラミヤ類が現代に生き残っていないのは確かだが、両グループももとをたどれば哺乳類一族の幹から分岐したのであり、そしてこの幹こそが現生の哺乳類に至る道筋なのだ。幹の途中でジュラ紀と白亜紀の種が獲得した多くの特徴と、盤竜類、獣弓類、キノドン類、モルガヌコドン類の哺乳類がすでに獲得した特徴が合わさることで、ヒトを含む現生哺乳類を規定する設計図が完成した。その新たに獲得された特徴の多くを、ドコドン類やハラミヤ類の化石に見て取ることができる。
まずは体毛から見ていこう。先述のとおり、体毛はペルム紀の獣弓類(ディキノドン類やキノドン類)に初めて生えてきた可能性がある。それは全身に寄生するわけではなく、感覚器官の頬髯、ディスプレー器官、あるいは皮膚の防水機構の一部として発達したと考えられる。しかし、この時期の証拠は間接的なものに限られ、獣弓類の糞化石から体毛に似たものが発見されていたり、吻の頬髯の位置に穴や溝が見つかっていたりするにすぎない。一方、ジュラ紀や白亜紀の遼寧省産哺乳類(コドン類やハラミヤ類など)が全身に体毛を生やしていたことは疑いようがない。これはただの推測ではなく、現に体毛が残っているからで、羽毛恐竜の羽毛と同じように火山灰により保存され、生前のまま骨格を取り囲んでいる。
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授乳の進化については多くの説があり、この謎をめぐってはかのチャールズ・ダーウィンも大いに頭を悩ませた。
現在、有力な仮説は2つある。1つめは、皮膚腺から抗菌性の液体が分泌されはじめ、当初は赤ちゃんを細菌感染から守るのに役立っていたが、それがのちに完全な食料源に変化したというもの、2つめは、当初の乳は哺乳類の小さな卵の湿度を保ち、乾燥を防ぐことに役立っていたが、やがて孵化したての赤ちゃんが乳を摂食するようになり、自然選択を経て食物に変わったというものだ。
大丈夫、あなたは読み間違ってなどいない。「哺乳類の卵」と「孵化したての赤ちゃん」で合っている。
哺乳類は「子供を産む動物」と私たちは考えがちだが、これは獣類(有袋類とヒトを含む有胎盤類から成る派生グループ)が備える高度な能力だ。最も原始的な現生哺乳類(カモノハシやハリモグラなどの単孔類)は卵を産むし、先に触れた三畳紀、ジュラ紀、白亜紀の哺乳類もすべて卵を産んでいた可能性が高い。
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進化の中間段階を示す化石がある。特筆すべきは、遼寧省の火山灰層に埋まっていた化石を孟津らが記載した、全長約30センチのリャオコノドンだ。この種類では歯骨と鱗状骨だけが顎関節として機能していて、方形骨、関節骨、角骨はどれも小骨化し、後方・内側に移動して中耳腔に収まっている。顎と耳は切り離されているように見えるが――完全にではない。関節骨と角骨が細長い骨を介して歯骨とつながっているのだ。このつながりは華奢な小骨である関節骨と角骨を支える役目を果たしていたのだろうが、いずれにしても物理的に歯骨とつながっていたわけで、咀嚼の動きにいまだ影響を受けていたことになる。
進化の次の段階は明白で、耳と顎のつながり、つまり上述の細長い骨を介した結びつきを断つ必要があった。この段階は、孟と同僚の毛方園らが記載した遼寧省産哺乳類オリゴレステスの化石に見て取れる。2つのかつての顎の骨が今や完全に顎から切り離された。したがってここからは「ツチ骨」と「外鼓室骨」という新しい名前で呼ぶ。この些細な変化は革新的なものだった。
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顎と耳が分離する進化が何度も独立して起きるほどに、哺乳類にとって咀嚼という行為は重要だった。なぜならば、ジュラ紀と特に白亜紀に新しい食料がどっと出現したからだ。美味な昆虫がわんさか登場し、昆虫に花粉を運ばせるまったく新しい種類の植物も現れた。どれも色鮮やかで美しく、花、果実、葉、根、種などの様々なごちそうをもたらした。
哺乳類の3つの現生グループ――有胎盤類、有袋類、単孔類――の系譜をさかのぼると、この時期に行き着く。進化と生態系の変化が熱狂的に相まって進行した「白亜紀陸生革命(Cretaceous. Terrestrial Revolution)」の幕開けである。