じじぃの「歴史・思想_674_半島の地政学・序章」


「半島」の地政学――クリミア半島朝鮮半島バルカン半島…なぜ世界の火薬庫なのか?

内藤博文(著)
【目次】

序章 半島はなぜ、いつも衝突の舞台となるのか?

1章 バルカン半島に見る大国衰亡の地政学
2章 朝鮮半島に見る内部分裂の地政学
3章 クリミア半島に見る国家威信の地政学
4章 国際社会を揺らす火薬庫と化した4つの半島
5章 世界を激震させる起爆点となった4つの半島
6章 見えない火種がくすぶる4つの半島

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『「半島」の地政学

内藤博文/著 KAWADE夢新書 2023年発行

序章 半島はなぜ、いつも衝突の舞台となるのか? より

なぜ、半島は「世界の火薬庫」と呼ばれるのか?

半島は「世界の火薬庫」のようにいわれてきた。
半島が火薬庫と化し、世界の不安定要因になるのは、なんとも不思議ではある。半島の多くは小さく、内紛が多い。本来なら放っておけばよいのかもしれないが、大陸の大国にすれば、半島は内紛によって脆弱に映る。これが曲者(くせもの)なのだ。
大陸の大国は、脆弱な半島をなんとかしてやろうと親心のようなものを見せて近づくこともある。あるいは、その脆弱なところを見て、大陸の半島をひと呑みにしてやろうともしてきた。

けれども、半島は外部に対しては脆弱でなかった。外部の大国が、半島の揉(も)めごとを解決したケースはじつに少ない。現在も多くの半島には独立国家がいがみ合いながら存在し、大国の領土にはなっていない。

脆弱に映るのに、実態はそうでもない。この半島の不可解さは偶然ではないだろう。半島が不可解であり、しばしば紛争の地となるのは、地政学や地理学から見れば、必然なのかもしれない。半島は、大ざっぱな言い方をすれば、ひとつの「統治不能の要塞」のようなものだからだ。

「統治不能」というのは、半島がえてしてその内部で多くの対立する地域を抱えているからだ。平野どうしの対立であったり、平野対山地勢力の喧嘩であったりする。半島内がいくつもの国に分かれ、対立が対立を呼び、「憎悪の半島」になることもある。歴史をさかのぼっても、ほとんど統一されたことのない半島だって存在する。半島は「統治不能」であり、対立構造が根深いから、事件が発生しやすい。

一方、半島は「要塞」のようなものでもある。征服者が半島にある首都をいったん陥落させるくらいならできるかもしれないが、完全な占領・統治は不可能だ。征服するほうは、どこかで半島がやっかいな「要塞」であることを知る。最後には、侵攻してきた大陸勢力が音(ね)をあげ、大火傷(おおやけど)を負って、すごすご引き下がることになる。
半島は、大陸の大国でさえも消耗させてしまう「要塞」となっているのだ。

半島を「統治不能の要塞」にした地形的な特徴とは

半島が「統治不能の要塞」になってしまうのは、その地形によるだろう。
世界地図なり、日本地図なりを見れば、半島にひとつの共通点を発見できるはずだ。半島にたいていは脊梁(せきりょう)山脈が何本もはしり、起伏に富む。山が海に迫る地帯も多く、大きな平野はなく、小さな平野や盆地が点在する。山があるということは、河川が多いということであり、河川の下流には湿地帯ができていく。
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こうした半島の地形から生まれやすいのは、ミニ国家、部族国家である。ある小さな地域が血縁関係で固まっていくなら、独立色が強いあまりに、孤立し、排他的な地域にもなる。半島では平野や盆地ごとに独立した勢力、あるいは疑似独立勢力があり、中央政権があったとしても、彼らを完全に従えることはむずかしい。

世界の「チョークポイント」にもなっている半島

海洋覇権に興味を持つ大国が半島に強い関心を持つのは、半島が地域のチョークポイント(戦略的に重要な海上水路)を形成しているケースがあるからだ。その典型が、トルコのイスタンブールだろう。

イスタンブールは、ヨーロッパとアジアの結節点といわれる。主要市街は、バルカン半島も南西に端に位置し、バルカン半島から突き出た半島の先端にある。ボスポラス海峡を挟んで、対岸にはゴジャエリ半島がある。

ボスポラス海峡黒海マルマラ海を結び、マルマラ海からチャナッカレ(ダーダネルス)海峡を抜けると、エーゲ海、地中海となる。つまり、イスタンブール黒海と地中海を結ぶチョークポイント上にある。
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半島がチョークポイントを形成しやすいのは、半島が海に向かって大きく突出するケースがあるからだ。半島の先端部と対岸が狭い海峡をつくっていったとき、半島はチョークポイントとなる。

大国はもちろん、多くの国は、チョークポイントとなる半島を有する国家は安定を求める。現在のところ、イスタンブールのあるトルコやシンガポールは安定した国家になっているが、トルコやシンガポールの政治情勢が流動化すれば、ボスポラス海峡マラッカ海峡も不安定になってしまうのだ。