じじぃの「歴史・思想_668_ゼレンスキーの真実・俳優から現実の大統領へ」

Сериал Слуга народа - 1 и 2 серии | Премьера комедии 2015

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=GZ-3YwVQV0M&t=8s

ウクライナ大統領選 ゼレンスキー(2019年4月)


ウクライナ大統領選、コメディー俳優が第1位 21日に決選投票へ

2019年4月1日 BBC
ウクライナで3月30日、大統領選挙が行われ、出口調査ではコメディー俳優のヴォロディミル・ゼレンスキー氏が30.4%で第1位となった。
ゼレンスキー氏はテレビ番組で大統領を演じたことがあるが、政治キャリアはない。

ゼレンスキー氏は出口調査の結果発表直後、BBCのジョナ・フィッシャー記者に「とても嬉しいが、これが最終結果ではない」と慎重な姿勢を示した。
https://www.bbc.com/japanese/47769702

国民の僕

Netflix
政府の腐敗を非難する動画がソーシャルメディアで話題になり、一躍時の人となったウクライナの高校教師が、まったく意図せず選挙で大統領に。
https://www.netflix.com/jp/title/80119382

ゼレンスキーの真実

レジス・ジャンテ、ステファヌ・シオアン(著)
【目次】
第1章 演じたことのない場面

第2章 ドラマの大統領から現実の大統領へ

第3章 95地区の芸人
第4章 オリガルヒとの緊張関係
第5章 プーチンとの交渉
第6章 複雑な欧米諸国
第7章 歴史に出会う場所で

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『ゼレンスキーの真実』

レジス・ジャンテ、ステファヌ・シオアン/著、岩澤雅利/訳 河出書房 2022年発行

第2章 ドラマの大統領から現実の大統領へ より

国民のしもべ

『国民のしもべ』は、高校で歴史を教える30代の教師ヴァシル・ゴロボロジコの物語である。教師はキーウによくあるアパートで両親と同居しており、妹とその娘と居間や台所を共有している。ソ連崩壊後の世界に多く見られる共同借家の生活である。ある朝ヴァシルは、出勤時刻に間に合いそうにない状況のなか、家族に呼ばれて浴室から廊下に出る。そして、そこに立っていた現職の首相から「どうも、大統領」とあいさつされて驚く。大統領選で票の67%を獲得したというのだ。

話は数週間前にさかのぼる。ヴァシル・ゴロボロジコが16歳の生徒たちの10Bクラスで歴史の授業をしていると、同僚のひとりがいきなり教室に入ってくる。そして、校長の命令で、大統領選のポスターを貼る作業を手伝わせるために生徒たちを連れていってしまう。時代遅れの青い半袖シャツを着たゴロボロジコは身を震わせ、卑俗な言葉で怒りを爆発させる。番組のシナリオライターは、いくつかの言葉にピー音をかぶせている。「もううんざりだ[ピー]」! 生徒に選挙ポスターを貼らせるなんて[ピー]! 俺たちの生活がひどいのはなぜか? それは、そもそもあの掲示板の候補者を選ぶからだ。俺たちは誰に票をいれる? いつだって、ふたりのダメ候補のましな方じゃないか[ピー]! そんな状態が25年も続いてるんだ[ピー]!」

教室の窓辺では、劣等生のグロトフがその様子をこっそり動画に撮り、YouTubeに投稿する。怒れる高校教師の動画はたちまちウクライナ全土に拡散し、再生回数は800万回に達する。10Bクラスの生徒の親たちは、ゴロボロジコが立候補すれば彼に投票するのだが、と思う。そこで生徒たちは、この一本器気な教師のために選挙資金集めを始める。投票日の翌朝、ウクライナ大統領となった教師は、有力候補と目されていたセルヒー・カラシュクとジャンナ・ボリセンコ(それぞれ前大統領ペトロ・ポロシェンコと前首相ユリア・ティモシェンコをモデルにしていることが一目瞭然の人物)にあざけりの身ぶりをしてみせる。抜け目のない首相ユリ―・チュイコに促されてリムジンに向かったゴロボロジコは、通勤で使う路面電車の吊り革につかまるように、天井のアシストグリップを握りながら後部座席につく。
以上は『国民のしもべ』のおよそ20分ほどの部分である。

世紀の晩狂わせ

じつは、ウクライナ人は新しいスターを探し求めていた。政治に熱くなりやすく、絶えず不満を抱いているウクライナ人は、救い主を大望していた。そんな状況から、2018年の冬、もうひとつの名前が浮上する。20年前からそのヒット曲が国民に親しまれているロックグループ、オケアン・エリズィの歌手スヴャトスラウ・ヴァカルチュクである。オケアン・エリズィはアイルランドU2の音楽的DNAを受け継ぐグループで、ヴァカルチュクはブルース・スプリングスティーンアメリカ人に放つオーラと同等のオーラをウクライナ人に感じさせていた。歌手の時代がおとずれるのか? 世論調査による支持率は5%から10%を示した。数人のオリガルヒ(ロシアの新興財閥)がひそかに彼と会った。しかしこのロック歌手には、優柔不断という欠点があった。彼は支持率が急上昇するのを待ったが、それは実現しなかった。彼が逃した立候補のタイミングをヴォロディミル・ゼレンスキーがつかんだ。

ちょうどそのころ、『国民のしもべ』は2000万の視聴者を獲得する。シーズン2は映画化されて80万の観客を動員し、ウクライナの映画興行における最高記録となった。YouTubeでの再生回数は、ロシアを含めて9000万回に上った。2018年、選挙運動の前哨戦が始まり立候補者が出そろうと、メディアの意識調査によって「ゼレンスキー当選説」がしきりにささやかれた。選挙戦が始まった。2019年1月に実施された初期の調査で、ゼレンスキーは12%の支持を集めて3位だった。1ヵ月後、彼の支持はポロシェンコを抜いて25%となる。ゼレンスキー陣営の特徴は選挙運動をしないことにあった。彼はタレントの仕事に専念し、出演する番組でも、選挙についてごくわずかしか触れなかった。ガストローリと呼ばれる地方の生演奏付きナイトクラブは政治談義をする人々でにぎわった。2月、ゼレンスキーは『国民のしもべ』のシーズン3を撮影し、投票日直前の3月、放送枠の制限がない1+1テレビのプライムタイムに放送する。
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外国メディアは、新聞雑誌の大見出しが道化師と形容し、フランス人がコリューシュ[フランスの俳優]を、イタリア人がベンペ・グリッロ[イタリアの俳優]を引き合いに出すような男が大統領になるかもしれないことに驚いている、と本人の前で明らかした。「無理もありません。そんなことで傷つきませんよ」。ゼレンスキーは笑った。あなたは誰を手本にしているのか? この問いには無邪気に答えた。
「大好きな人物がいます。エマニュエル・マクロンです。ルックスがいいですね。彼とは共通点がある気がします。見た目だけではなく、世界観でも。ぜひ合ってみたいものです」

舞台裏にはある人物がいた。イーホル・コロモイスキーの下で働く企業内弁護士のアンドリー・ボグダンである。ゼレンスキーが大統領に就任すると、おのしたたかな人物は実質的な副大統領ともいえる大統領府長官になる。週刊誌NVの政治記者クリスティナ・ベルティンシキフとインタビューでアンドリー・ボグダンは、テレビドラムの成功に接したあと、コロモイスキーの周囲でゼレンスキーを立候補させる計画が生まれたと説明した。ドラマの構想そのもののなかに、そうした考えは含まれていたのか? いずれにせよ、放映された2年のあいだ「『国民のしのべ』はウクライナ人に希望を与え」る、彼らが聞きたがっていた物語だった。ボグダンは言う。ゼレンスキーは何も約束しなかったけれど、誰もが彼をあてにしていました。ウクライナではたいていの場合、政治家が社会に対して、考えるべきことを上の立場から強制します。私たちがやったのはその逆のことです。人々が台所で話していることに耳に傾け、選挙戦で、人々の頭のなかにあることを訴えたのです」

ところで、ウクライナ人は何を望んでいるのか? 国から腐敗を一掃し、オルガルヒの悪影響に歯止めをかけ、ウクライナ東部で続く戦争を終わらせることである。
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2017年4月21日、ヴォロディミル・ゼレンスキーは投票したウクライナ人の73%の支持を得て大統領に選ばれた。彼が演じた高校教師ヴァシル・ゴロボロジコが67%の得票率で大統領になってから4年後、現実がフィクションに追いついたのである。リヴィウカトリック大学の名誉教授で歴史学者のヤロスラフ・グリツァクは、デジタル的存在が現実世界に躍りこんできたことを心配しつつも、大統領選におけるマイダン(広場)革命として次のように説明した。
「2010年にヴィクトル・ヤヌコーヴィチ(親ロシア派の4代大統領)が選ばれたときは、飛行機がハイジャックされるようにウクライナが乗っ取られたという印象を受けた。2019年のウクライナは、航行システムをハッキングされた船にたとえることができる」