じじぃの「科学夜話・地球温暖化・ぞっとするような未来像!すごい数学」

Ising model simulation on the left; melt pond photo on the right.


『世界を支えるすごい数学――CGから気候変動まで』

イアン・スチュアート/著、水谷淳/訳 河出書房新社 2022年発行

第12章 北極の氷をイジングする より

   グリーンランドの氷床はこれまで考えられていたよりもはるかに速いスピードで融けていて、何億もの人々を洪水の脅威にさらし、取り返しのつかない気候危機の到来をはるかに早めている。グリーンランドの氷は1990年代の7倍のスピードで減少していて、その規模とスピードは予測をはるかに上回っている。
           ――『ガーディアン』紙、2019年12月

気候変動は現実である

いやいや、アイシング(icing)じゃなくて”イジング(Ising)”だ。誤植ではない。下手なだじゃれだ。
地球は温暖化が進んでいて危険な状態にあり、それは我々のせいだ。何千人もの気候科学の専門家が何百もの数学的モデルを走らせて何十年も前から予測していることだし、同じく有能な気象学者がその重要な結論のほとんどを観測によって裏付けている。詳細についてはいまだ明らかでない点がいくつかあるか、人為的な気候変動が実際に起こっていることを示す証拠は増えつづけている。それなのに、フェイクニュースをばら撒(ま)いて「何も心配いらない」と人々に信じ込ませようとする連中がいる。本書の残り全部を使ってそいつらをこき下ろし、彼らがいかに愚かであるかを力説してもいいくらいだ。しかしフォークシンガーのアーロ・ガスリーが『アリスのレストラン』の中盤で歌っているように、私はそれについて話すためにここにやって来たのではない。ほかに大勢の人が私よりもはるかに雄弁に語ってくれているし、一握りの超富裕層に地球の運命が託される前に必死で気候変動を食い止めようとしている。
気候変動はそもそも統計学的な現象なので、1つ1つの出来事はときどき起こりうる例外的なものとして片付けてしまうこともできる。表が4回中3回出るように細工したコインでも、1回投げただけでは公正なコインと同じように表と裏のどちらかが出る。それだけでは違いは分からない。公正なコインでも3回か4回連続で表が出ることはときどきある。しかし100回投げた表が80回、裏が20回だったら、そのコインが公正でないことはかなり確実だ。
気候もそれと似ている。気候と気象は違う。気象は時間単位や日単位の変化のことを指すが、気候はたとえば30年間の移動平均で、地球の気候はさらに地球全体の平均である。地球規模で長期的に大きく変化するのが気候変動である。世界の気温に関する良質の記録をおよそ170年前までさかのぼると、暑かったトップ18の年のうち17例は2000年以降に起こっている。けっして偶然ではない。

氷が融けるモデル

この章の最後にようやく紹介する研究は、まさにそのようにして始まった。いまから10年ほど前、ケネス・ゴールデンという数学者が北極の海水の写真を眺めていて、キュリー温度での相転移間近における電子スピンのまだら模様と不気味なほど似ていることに気づいた。そしてイジングモデルを転用すればメルトポンドの形成と発達の様子に光を当てられるのではないかと思った。そこで氷のモデルに合わせてスケールを大幅に拡大し、微小なスピンの向きの代わりに、海氷表面の約1メートル四方の領域が凍っていうか融けているかを考えた。
このアイデアがれっきとした数学にまとまるにはしばらく時間がかかったが、最終的にゴールデンは大気科学者のコート・ストロングとともに、気候変動が海水におよぶ影響を表すモデルを導き出した。そしてイジングモデルに基づくシミュレーションの結果(図.画像参照)を、メルトポンドの画像解析を専門とする同僚に見せたところ、その同僚はそれを実際のメルトポンドの画像だと勘違いした。さらにその画像の統計学的特徴、たとえばメルトポンドの面積と外周の比(境界がどれだけくねくねしているかを表す尺度)を詳しく解析したところ、その値は実際のメルトポンドときわめて良く一致した。
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この章の冒頭で引用した『ガーディアン』紙の記事は、それに続いてぞっとするような未来像を描き出している。近年になって北極の氷の融解が加速していることが、数学的モデルでなく観測結果から示されていて、2100年までに海面が2/3メートル上昇するという。これはIPCC気候変動に関する政府間パネル)による以前の予測よりも7センチメートル大きい。毎年およそ4億人が洪水の危険にさらされることになり、IPCCによる以前の予測の予測である3億6000万人よりも10%多い。海面上昇によって高潮も激しくなり、沿岸部にさらなる被害をおよばす。1990年代、グリーンランドでは毎年330億トンの氷が失われていた。それがここ10年では年間2540億トンに増えていて、1992年以降で合計3兆8000億トンの氷が失われたことになる。そのうちの約半分は、氷河が以前よりも速く流れて、海に達したところで壊れたことによる。残り半分はおもに表面で融解することによる。そのためメルトポンドの物理はいまや誰にとっても死活問題である。
イジングモデルとさらに正確に突き合わせられるようになれば、何世代にもわたる数理物理学者が苦労を重ねて編み出してきたイジングモデルに関する強力な手法を、メルトポンドに残らず当てはめることができる。とくにフラクタル幾何学のつながりは、メルトポンドの複雑な構造についてまったく新たな知見を与えてくれる。何よりもイジングの逸話と北極の氷の融解は、数学の不合理な有効性を見事に物語る例となっている。100年前、強磁性相転移に関するレンツのモデルが気候変動や北極の消失と何か関係があるなどと、いったい誰が予想できただろうか?

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どうでもいい、じじぃの日記。
グリーンランドは上空から見れば、まだ真っ白に見える。
実際にはあちこちでスクランブルエッグのように、氷と水が入り混じった「水溜まり」ができているのだそうだ。
自然災害による地球の危機を描いた『デイ・アフター・トゥモロー』という映画があった。
毎年、毎年が気候変動を感じるようになった。
グリーンランドの水溜まりは、今地球に「相転移(固体→液体→気体)」が起きているのかもしれない。