半導体の主要技術は米国と台湾が握る 図表2
世界最強TSMCも誘致、米国がアリゾナから狙う「半導体覇権」
図表2 半導体の主要技術のほとんどは米国が握る(分野別市場シェア)
https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00393/113000001/?SS=imgview&FD=55062768
2022年の中国経済に押し寄せる「国産化」という排外政策の大波
もう日本製品には見向きもしなくなる
2022.01.11 近藤大介
●キーワードは「国産化」
「2022年の中国はどうなりますか?」――。
年が明けてから、こんな質問をよく受ける。34年目に入ったチャイナ・ウォッチャーの私としては、2022年の中国を特徴づけるキーワードは、ずばり「国産化」だと見ている。
一言で言えば、中国はこれまで舶来品に頼っていたものを、どんどん国産品に乗り変えていくということだ。それだけ国粋主義的になっていく。この趨勢によって、日系企業にも少なからぬ影響が及んでくるだろう。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/91307
世界はこれからどうなる
2つの技術圏に分断されてしまうのか
技術をめぐる覇権競争は激しくなる一方だ。米国のバイデン政権と中国の習近平政権は、それぞれ自分の国の国境線の内側に半導体の技術を囲い込もうと走り出した。その目的のために、あらゆる政策手段を総動員するのは間違いない。行き着く先にあるのは、相容れない2つの技術圏が併存するゆがんだ世界である。
トランプ前政権は、次世代通信規格「5G」の設備を通したスパイ行為があるとし、中国の華為技術(ファーウェイ)への輸出入を禁止した。対象は米国企業だけでなく、日本、欧州、オーストラリアなどの同盟国も歩調を合わせた。その禁輸措置はバイデン政権に移行した後も解かれていない。
中国の技術封鎖は、党派を超えたワシントンのコンセンサスなのだ。
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米国の標的は、一見すると5G機器でシェアを握るファーウェイ本体だが、同社の技術を舞台裏で支えているのは、子会社の海思半導体(ハイシリコン)である。この分野にくわしい日本の技術者や研究者に聞くと、高機能のチップを設計するハイシリコンの技術陣の実力は圧倒的で、中国14億人から人材を選りすぐった最強の頭脳集団だという。
米国の制裁でファーウェイは大幅な戦略の見直しを迫られたが、ハイシリコンだけは一切リストラをせず、むしろ研究開発を加速させている.技術力で米国に負けないという、中国の国家としての執念を見た気がする。本丸であるハイシリコンに打撃を与えない限り、中国にデジタル覇権を握られる恐怖から米国は解放されない。
切断されるサプライチェーン
そこで米政府は、「半導体のサプライチェーンを切断する」という荒業に打って出た。ハイシリコンは半導体メーカーだが、実際には量産工場を持たない。多くの米国のファブレス企業と同じように開発や設計に特化し、生産のほとんどを、世界最強のファウンドリ―である台湾積体電路製造(TSMC)に委託している。
この構図を米国から見ると、TSMCに中国との貿易をやめさせれば、ハイシリコンを干上がらせることができる。ハイシリコンの息の根を止めれば、中国のデジタル技術は停滞するだろう。中国がもたつくあいだに、米国は一気に技術力で差をつければいい。
稼げる時間は、おそらく3~4年である。ワシントンの対中戦略の黒子たちが、表舞台でわめき散らすトランプ氏を利用するかたちで繰り出したのが、ファーウェイへの禁輸措置だった。その真の狙いは、技術力で中国を引き離す「時間差攻撃」にある。
台湾に集結する半導体産業
米欧はいったい何を中国から守ろうとしているのか。その目的の1つが「半導体のサプライチェーン」だと考えるとわかりやすい。
デジタルトランスフォーメーション(DX)が進めば進むほど、経済を支える情報通信技術(ICT)産業の戦略的な重みは増す。データ社会のインフラに欠かせない部品が半導体であり、その半導体の最大の生産地が台湾である。米欧が血相を変えて守ろうとしているのは、台湾の人民だけではなく、南シナ海の北端に集結する半導体産業なのだ。
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もし、米軍の制海権、制空権に隙ができれば、台湾は丸裸で中国軍の脅威にさらされてしまう。新竹(台北と台中の中間に位置し、「台湾のシリンコンバレー」と呼ばれるIT都市)が陥落すれば、世界の半導体サプライチェーンは崩壊する。米欧が色めき立つのは当然だろう。習政権が力ずくで香港を弾圧した光景を、目の当たりにしているからだ。
中国は台湾を自国の一部として扱っており、その意味では香港と台湾は同じ位置づけである。さらにいえば、台湾は、中国が領有を主張する九段線の内側にある。習政権にしてみれば、外国による「内政干渉」を許すわけにはいかない。中国軍が台湾に侵攻するかどうかは予断を許さない。
生産力を国内に抱え込もうとする米国
とはいえ、米国が武力をちらつかせながら新竹を守るのは危険なゲームだ。おいそれと挑発して軍事紛争を誘発するわけにはいかない。そこで米政府は、米国内への工場進出をTSMCに働きかけた。世界最大の半導体の生産能力を腕のなかに抱き込んでしまえば、遠路はるばる軍艦を送り込まなくても、安全な場所でサプライチェーンを完結できるからだ。
半導体製造の製造プロセスを子細に見ると、ファウンドリー以外の分野では米企業が支配的が支配的であることがわかる(図表2 画像参照)。ファブレス化が進んだ米半導体産業で、唯一欠けているパズルのピースが、ファウンドリーだった。すなわちTSMCである。
2022年には、アリゾナ州フェニックスで、TSMCの工場建設が本格化する。総投資額は120億ドル(約1兆3000億円)にのぼり、その相当部分を米連邦政府と地方自治体が負担すると見られている。
TSMCは、アップルやアドバンスト・マイクロ・デバイス(AMD)、クアルコム、エヌビディアなどから製造を受注するが、必ずしもこれら米企業の下請けとはいえない。むしろ、TSMCの圧倒的な製造技術がなければ、これらのファブレス企業は製品を市場に送り出せない。世界の半導体メーカーのほうがTSMCに依存する構図である。
巨額の助成金という「餌」に引きつけられて米国に工場進出するという面もあるが、米政府の誘いは、むしろ「圧力」と呼ぶほうがふさわしいかもしれない。先述したとおり、台湾と中国の軍事バランスを考えれば、守護神である米国に従わないという選択肢は台湾にはない。
米軍に守られ、米国に頼ると同時に、「米軍が手を引いたらどうなる?」と脅迫されているようなものだ。TSMCにできることは、工場立地で米政府から少しでも多くの補助金を引き出すことくらいしかない。米政府との調整が長引いているのは、言われるままにアリゾナに進出するのではコスト勘定が合わず、事業計画を描けないからだろう。