じじぃの「歴史・思想_509_バイアスとは何か・認知とそのゆがみ」

Muller-Lyer illusion

バイアスとは何か 藤田政博著 ちくま新書

事実や自己、他者をゆがんだかたちで認知する現象、バイアス。それはなぜ起こるのか?
日常のさまざまな場面で生じるバイアスを紹介し、その緩和策を提示する。
【目次】

第1章 バイアスとは何か

第2章 バイアス研究の巨人――カーネマンとトヴァースキ
第3章 現実認知のバイアス
第4章 自己についてのバイアス
第5章 対人関係のバイアス
第6章 改めて、バイアスとは何か

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Muller-Lyer illusion

From Wikipedia
The Muller-Lyer illusion is an optical illusion consisting of three stylized arrows.
When viewers are asked to place a mark on the figure at the midpoint, they tend to place it more towards the "tail" end. The illusion was devised by Franz Carl Muller-Lyer (1857-1916), a German sociologist, in 1889.

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『バイアスとは何か』

藤田政博/著 ちくま新書 2021年発行

まえがき より

この本は、『バイアスとは何か』という本です。その名の通り、バイアスとは何かについての基本的な理解を得ることを目標にしています。あらかじめ一言でまとめるならば、バイアスというのは人間がさまざまな対象を認知する際に生じるゆがみのことで、基本的には心理学、特に認知心理学の領域の問題だとされます。

第1章 バイアスとは何か より

1 認知とそのゆがみ

最近よく聞かれるようになった「バイアス」という言葉。これは心理学で長く研究されてきた現象です。心理学の文献データベース(PsycINFO)で見ると、「bias」という言葉が含まれているいちばん古い文献は1685年刊行の書籍の一部(de Montaigne & Coste,1685)です。あるいは、認知のバイアス「cognitive bias」というフレーズでは1904年の文献(Murray,1904)がいちばん古いものになっています。
このように意外と歴史の古い「バイアス」ですが、バイアスとは、人間が持っている認知のゆがみのことをいいます。「認知」と「ゆがみ」、ここに出てきたこの2つの要素を理解すれば、バイアスについても理解できそうです。まずはこの2つの要素について探っていくことにしましょう。

認知とは何か

人間が周囲を認知するには五感を使います。五感とは、視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚のことですね。この五感で受け取った情報を脳で処理することで、人間は認知を行ないます。視覚を使えば、自分の目の前から遠くに至るまで、何があるのか、どんな色や形をしているかを認知できます。聴覚を使えば、どんな音がどの方角のどのぐらいの距離から来ているかわかります。その音の原因を推測すれば、危険の察知も可能でしょう。触覚、嗅覚で、それぞれ自分の近くに何があるのかがわかります。
そして、目の前のものをつかむときには、目や耳などから入った情報をもとに、物の大きさ、形、距離、表面の軟らかさなどを推定します。

ゆがみとは何か

それでは2つ目の要素、ゆがみとは何でしょうか? ゆがみとは、本来はまっすぐであるべきものが曲がっていたりすることですが、ここでは、認知と現実がずれていることを「ゆがみ」と呼びます。それも、そのときどきでバラバラにずれるのではなく、一定の傾向をもってずれていることです。あるものを見るといつも実際よりも大きく見えるとか、ある人を見るといつも実際よりも性格が良くて幸せそうに見えるとか、そういうずれです。
私たちが視覚を使って見ているもの、これは見えたとおりに現実に存在すると私たちは信じています。しかし、錯視(たとえば立命館大学北岡明佳教授による錯視のカタログ(http://www.psy.ritsumei.ac.jp/~akitaoka/catalog.html)のように、本当は同じ大きさの図形がまったく違って見えたりするなど、客観的な図形のかたちと私たちの見え方が異なることがあります。これは、わたしたちの目のなかの、二次元の網膜に映った像から三次元の世界を認知する際の「クセ」によるものです(画像参照)。
「クセ」は、見せた像の図の形の特徴や色、右目と左目のわずかな見え方の違い(両眼視差)、さらに見ている人自身が移動することによる見え方の変化などの情報を集めて、三次元の「見え」を脳内で作り出す際の処理からきています。

3 バイアスについて知る意義

バイアスは無意識に生じるもの

それでは本章のまとめとして、バイアスについて知るとどのような意義があるのかついて考えてみましょう。その前提として、バイアスは無意識に生じ、意識的に修正することが難しいという重要な特徴があります。
バイアスは「かたよって認知しよう」と思っていてもいなくとも、自動的に生じます。そして、その働きを意識や意思の力で押し留めたり変更することはできません。(Kahneman,2011)。それは、バイアスは意識下の情報処理で生じているものであり、意識的な、努力やコントロールによって使ったり使わなかったり、その範囲を変更したりすることは難しいからです。
バイアスに関して著名な理論として「プロスペクト理論」(Kahneman & Tversky,1979)があります。「プロスペクト」とは見込みや見通しのことです。
プロスペクト理論では、利益や損失についての見通しと、それから感じる感情的な喜びや痛みの量の関係を扱っています。たとえば、今から1000円得られると思ったときの喜びの大きさと、1000円を失うと思ったときの痛みの大きさを比べると、失う痛みの大きさのほうが大きくなります。数値的には得られるものと失うものの量が同じなのですから、感情の大きさも同じになりそうなものです。しかし、私たちはすでに持っているものを失うことに、より大きく感情を動かされるようにできています。これは、生き延びるという観点から言うと、今自分が持っているものはなるべく保持するようにしたほうが有利だったからだと推測することができます。
そして、以上の感情の動きは、プロスペクト理論を聞いたあとでも変更したり意のままに操ったりすることは難しいのです。

バイアスかもしれない、と思うことの効果

では、バイアスについて知っても、自分で修正できない認知の間違いについての知識が増えるだけで、その結果苦しくなるだけなのでしょうか? 知らずにおけば自分がそんな間違いをしているなんて思わずに過ごしていられますから……。
しかし、認知を行う際には気づかなかったとしても、バイアスについての知識があれば、あとから「バイアスに影響されていないか?」と思い返すことができます。意識的選択や意思決定を行う際に「自分がそれも基づいて判断しようとしている情報には、バイアスによるかたよりが含まれているのではないか?」と考え直すことで、意思決定の際に不都合なかたよりに影響されたままにならずに済むようになることもあります。
また、第6章で取り上げる、バイアスを緩和する方策をとることも可能です。
このように、バイアスは知ったからといってなくせるわけではありませんが、対策をとることが可能なのです。少なくとも、対策が必要なことに気づくだけでも大きな違いを生み出すでしょう。