じじぃの「付けぼくろ・神のご加護がありますように!探偵小説十戒」

The Detective Is Born! | Secrets of Mystery and Suspense Fiction | The Great Courses

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=l8Z9Ig9u9_I

Father Knox’s Decalogue

Father Knox’s Decalogue

18th December 2018  Independent Bookshops
http://www.indiebookshops.com/2018/12/18/father-knoxs-decalogue/

『探偵小説十戒―幻の探偵小説コレクション』

ロナルド・ノックス/著、宇野利泰、深町真理子/訳 晶文社 1989年発行

付けぼくろ 【作】J・D・ベレスフォード より

ぼくが友人のハットンを相手に、そのころ彼が専任で捜査を担当していたある殺人事件について論議を闘わしていたとき、たまたまぼくが持論のひとつを口にした。殺人事件の犯人なるものは、いかに周到な計画のもとに行動したところで、必ずや致命的なミスを起こすもので、結局は逮捕を免れえない、との見解である。
ハットンは即座に反対意見を述べて、「必ずしもそうとはいえないぜ」と、80年代に起きて、未解決のままで捜査を打ち切った事件を引き合いに出した。何人かの売春婦を殺しながら、ついに犯人を突き詰められなかった、いわゆる《切り裂きジャック》事件である。
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「いいとも。聞いてもらうよ」ハットンがいった。「ただし、これからの話は、私の専門分野でない。心理学が介入してくるので、私の説明で理解してもらえるかどうか、はなはだもって自信がない。
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フルフォードで2週間暮らすうちに、ハンナのガンへの疑惑が色濃いものになってきて、ついに決定的な証拠をつかんだ。わたしの捜査に方向を与えた例の付けぼくろがそれだ! ある日、使女が寝室にそっと入ったところ、ガンが化粧台の鏡に向かって、頬に付けぼくろをあてがい、その効果を確かめていたのだ。それを見た瞬間、前々からの疑惑もあるので、ばかでない彼女は、本能的に男の意図を察知した。いや、そればかりでなく、彼の動作は、彼女の痛いところを突いていた。顔の醜さを指摘して、女の誇りを傷つけるとは何事ごとか! 彼女はカッとなった。男もまた、その計画が露顕したのを知って、ただちに彼女に襲いかかった。ふたりは争いあったが、彼女の力は男にまさっていた。はげしく突きとばされた男は、壁に後頭部をぶつけて、昏倒した――心臓が弱かったに違いない。彼女がもし、彼を縛りあげ、意識を取り戻すまで放置しておいたのなら、その後の生涯を罪の呵責に苦しみながら過ごすことがなくてすんだであろうが――彼女自身が後日、妹のローズに語ったように――《何か強烈なもの》に促されたかたちで、男と彼女自身と情事への仕返しをせずにはいられぬ恐ろしいほどの衝動に駆り立てられた。そのときの彼女の気持ちは、きみが好きなように考えるがいいが、結局ハンナは、ガンが気を失っているあいだに、首を絞めて殺してしまったのだ。
それからの彼女には、贖罪の時間が始まった。起こした行為の代価を支払わねばならぬ。人を殺した罪の代価は大きかった。知ってのとおり、彼女は狡猾な性格でなく、罪を犯したのもこれが初めての経験なので、方針も断たぬままに、跪(ひざまず)いて神の赦(ゆる)しを求める祈りを捧げることのほかには、何も考えられぬ心の状態だった。
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以上で分かってもらえたと思うが、これがわたしの担当した事件のうちで、もっとも異様なものだった。ひとつの事件に、心理学と、常習犯罪者の狡知と――これこそ犯罪捜査にはきわめて異例な要因として――カトリック信仰のミスティシズムとが混在しているのだからね。わたし個人としては、欺かれたことで自分を攻めたくない。人生には、神の御業(みわざ)としか思えぬ出来事がたびたび生じる。この事件でいえば、ハンナ・グレーが女の身でありながら、大の男の死体を跡かたもなく処理してのけることができた。夜中にさしてきた潮が運び去ったに違いないが、それにしても満潮線より上方の砂に、死体をひきずった跡が残っていたはずなのに、これがやはり消え失せていたのは、さっきわたしがちょっと触れたが、東からの風が協力して、吹き散らしてしまったのだろう。運命、僥倖、偶然、呼びようはいろいろあろうが、それぞれが神の御業の別名といえるのではなかろうか」

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どうでもいい、じじぃの日記。
『探偵小説十戒』に、推理小説における十戒が書かれている。
その1.犯人は、物語の初期の段階から登場している人物であらねばならぬ。しかしまた、その心の動きが読者に読みとれていた者であってはならぬ。
犯人が最初から登場していても、分からないような書き方がされている。
「首の傷跡を見ると、かなり力のある男による犯行のように見える」
これだと、犯人が女だとはまず思わない。
「人生には、神の御業(みわざ)としか思えぬ出来事がたびたび生じる。この事件でいえば、ハンナ・グレーが女の身でありながら、大の男の死体を跡かたもなく処理してのけることができた。夜中にさしてきた潮が運び去ったに違いないが、それにしても満潮線より上方の砂に、死体をひきずった跡が残っていたはずなのに、これがやはり消え失せていたのは、さっきわたしがちょっと触れたが、東からの風が協力して、吹き散らしてしまったのだろう。運命、僥倖、偶然、呼びようはいろいろあろうが、それぞれが神の御業の別名といえるのではなかろうか」
犯行がうまく運ぶかどうかは「運」も左右する。神のご加護がありますように!