じじぃの「トイレでころぶ・転移性脳腫瘍・ガンマナイフ治療!小説『K』」

本線夜行列車九段駅  駅長の本音・・・ 『北原白秋』 ①

Ron「漱」World
さらに三木卓には2010年の『震える舌』がある。
その予感は娘の発作で始まった。
これは極限の恐怖に誘われる衝撃の作品だ。
平和な家庭でのいつもの風景の中に忍び込む、ある予兆。それは幼い娘の、いつもと違う行動だった。やがて、その予感は、激しい発作として表れる。
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『K』

三木卓/著 講談社 2012年発行

K より

Kは72年の生涯で、福井桂子名義の詩集を合計7冊書いた。死因は発見が遅れた癌である。第7詩集は、病の床についてから出された。
Kに出会ったのは、同じ詩の雑誌の同人としてだった。だからその時、すでにぼくもKも詩を書いていた。
まだ大いに元気だったころ、Kは、冗談めかして、しばしば自分の遺構詩集のことを話題にすることがあった。それには、ぼくが彼女の詩をいつも粗略にあつかっている、という前提があって、それによると、未収録となった作品を「2、3篇つけて」、ペラリとしたものを出してお茶をにごすだろう、というものだった。
ぼくはその話題を好まなかったが、Kは次々と詩集を出したので、どうやったって最後に出すものはペラリとしたものにはならなくなった。彼女は童話も書いたから、それを収めると、遺稿集は600ページにもなった。ぼくは、その編集を、ずっとKの仕事を見てくれてきた、詩人の吉田文憲さんにおねがいし、全詩集という形で世に出すことができた。
そしてKは、自らが望んだ北鎌倉の浄智寺でねむっている。
    ・
看護師さんの、あわてた声がした。
「実は。Kさんが、トイレの中で倒れられまして、気を失われたようなんですが」
「え」
「だいじょうぶなんです。すぐに助け出すことができまして、それでけがをなさったとか。そういうことではありませんが、とにかくお出下さい」
なんということだ。ぼくらはいそいで支度をして家を出た。
僕は片足が、ますます悪くなっているから、トイレでころぶ、なんてことはわけなく出来る。しかしKは、病んでいるとはいえ、ただころぶことはまずあり得ないはずである。ぼくは、どこかで内出血があって貧血を起こしたのではないか、と推察した。
いってみると、そうではなかった。
Kは、意識を失って、倒れているところを看護助手さんに発見され、頭をぶつけているようなので、頭部レントゲンをとられた。
「打撲によると思われる損傷はありませんでしたが、それとは別に問題がありそうなところが、みつかってしまいまして」
医師が、いいにくそうにいった。彼は、レントゲン写真のある部分を指して、いった。
「ここなんですが、どうも腫瘍があるようなんですよ。これが転倒の原因でしょう」
ぼくは、そこを見たが、もちろんなにもわかりはしなかった。
「まず、まちがいないと思われますが、もちろん、明日もっときちんんとしらべます」
「それは……つまり原発の腸から腫瘍の種が飛んできて出来た、ということですか」
「まず、そうでしょうね。けっこう大きいです」
    ・
2005年12月末、レントゲンの最新の写真を見た医師が、「あ、これ」といった。
「あ、これ。再発ですね。ほら、光っているここです」
もちろんぼくにはわからなかった。Kは、うつむいた。
「ここに病巣がある。こいつ、とります」
「とるって、また脳をあけてやるんですか。それって、ぼくらだって覚悟がいりますよ」
「いやいや」
医師はわざとのように軽くいった。
「これは、開頭しなくても出来ます。今はガンマナイフという放射線治療がありまして、患部をガンマ線でけずるんです」

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どうでもいい、じじぃの日記。
この頃本屋に行くと、店頭に「感染症」関係の本が並ぶようになった。
本をぱらぱらとめくると解説に、三木卓著『震える舌』の本の紹介記事があった。
  平和な家庭でのいつもの風景の中に忍び込む、ある予兆。それは幼い娘の、いつもと違う行動だった。やがて、その予感は、激しい発作として表れる。
気になって、図書館で『震える舌』を探してみたが、見つからなかった。
代わりに、三木卓/著『K』を借りてきて読んだ。
「これは、開頭しなくても出来ます。今はガンマナイフという放射線治療がありまして、患部をガンマ線でけずるんです」
しかし、がんの転移が始まると、体のいたるところにがんが散らばるらしい。
新型コロナウイルスも似たようなところがあるらしい。