じじぃの「歴史・思想_184_未完の資本主義・クルーグマン・米中テクノロジー戦争」

【紹介】2020年 世界経済の勝者と敗者 (ポール・クルーグマン,浜田 宏一)

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=Y6fKc5-rU6c

PHP新書 未完の資本主義―テクノロジーが変える経済の形と未来

大野 和基【インタビュー・編】
内容説明
経済学者シュンペーターは「資本主義の欠点は自ら批判されたいと願っている点だ」と述べた。批判すらも飲み込み自己変容を遂げていく「未完」の資本主義。とりわけ近年は、テクノロジーの劇的発展により、経済の形が変わり、様々な矛盾が噴出している。本書は、「テクノロジーは資本主義をどう変えるか」「我々は資本主義をどう『修正』するべきか」について、国際ジャーナリスト・大野和基氏が、世界の「知の巨人」7人に訊ねた論考集である。経済学、歴史学、人類学…多彩な視座から未来を見通し、「未完」のその先の姿を考える、知的興奮に満ちた1冊。
【目次】
プロローグ―「未完」のその先を求めて
1 我々は大きな分岐点の前に立っている(ポール・クルーグマン
https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784569843728

『未完の資本主義 テクノロジーが変える経済の形と未来』

ポール・クルーグマン, トーマス・フリードマン, デヴィッド・グレーバー, トーマス・セドラチェク, タイラー・コーエン, ルトガー・ブレグマン, ビクター・マイヤー・ショーンベルガ―, 大野和基/編 PHP新書 2019年発行

我々は大きな分岐点の前に立っている(ポール・クルーグマン) より

――富の集中を妨がなければならないということですね

クルーグマン

 現在、我々は2つに分かれる分岐点にいます。1つの道は、寡頭政治です。つまり、ひと握りの富裕層が巨大な富をシェアしている状態に向かう。彼らはうまく政治を支配しています。もし富の極端な集中が民主主義と折り合わないとすれば、後退するのは民主主義のほうかもしれません。極端なエリート社会になる恐れがあります。
 一方で、この不均等を救済する措置が生まれ得るとも思います。私は、1960年代から70年代にかけて、中流階級で育ちました。この中流階級というのは、自然発生的に湧き起ったものではありません。30年代、40年代の政治活動によってつくり出されたものなのです。アメリカだけでなく、多くの豊かな国でもそうでしょう。それがもう1つの道です。我々は、この道を進むこともできます。ただ、未来は漠としたものです。

貿易戦争の勝者は誰もいない

――2019年現在、世界経済の見通しはかなり不透明です。その要因の1つが米中貿易戦争です。

クルーグマン

 これは国家の問題というよりも、ドナルド・トランプという個人の行為で起きている問題です。ですから、とても特異なことです。
 貿易戦争の見通しを探るには、トランプの頭の中を見るしかない。アメリカには貿易戦争を要求している強力な利益団体はありません。アメリカ企業は貿易戦争を嫌っています。
 アメリカのシステムでは、大統領が関税率を設定する完全な自由裁量をもっています。現在、世界経済において懸念すべき問題はこの米中貿易戦争だけです。その結果がどうなるかは、誰にもわかりません。
 トランプはひっきりなしにツイートしますので、何を考えているかはわかります。彼の頭の中は、壊れた家具がごちゃまぜに詰まった屋根裏部屋のようなものです。
 トランプは、我々の関税は国内の消費者ではなく、外国が払うものだと思っています。2国間の貿易収支がもっとも重要なものだと考えている。しかも自分の政策が大きな成功を生み出していると勘違いしている。トランプ以外の人はそう見えていません。彼には情報も認識も不足している。現在の貿易戦争は現実に疎(うと)い人によってなされているのです。
 この貿易戦争の勝者はいません。すべての人にマイナスになります。理論上では、中国のほうがアメリカより脆(もろ)い。しかしアメリカの政治システムには、中国にはない政治圧力の標的(pressure points)が存在します。たとえばトランプは、(貿易戦争で不利益を被る)農業州の票について心配しないといけない。中国にはそのような問題はありません。
 なお、日本への影響についていえば、アメリカの対中貿易赤字の多くは、じつは対日貿易赤字であると、憚(はばか)りながら指摘しておきます。その中身を見れば、中国のモノよりも日本のモノのほうがはるかに多いからです。もしトランプがそのことに気付けば、日本に対して激怒するかもしれません。

米中テクノロジー戦争をどう見るか

――先端技術の中国への流出に、アメリカはは神経を尖(とが)らせています。日本も同盟国としてアメリカの意向に従うことが求められていますが、どう考えますか。

クルーグマン

 ひとくちに技術流出といっても、そこには3つのレベルがあります。
 1つ目は、中国から輸入されたエレクトロニクスにスパイウェアがはめこまれているというレベル。これは言語道断ですから、強硬手段をとるべきです。じつはトランプは、中国の通信企業である中興通訊(ZTE)に制裁を科した後、いったん解除しています。しかしこのレベルに強硬手段を取ることは至極当然であり、トランプの方針よりもっと強い姿勢を取るべきだと思います。
 次のレベルは、知的所有権と強制技術移転です。これこそ深刻なイシュー(課題)であり、アメリカは取り締まっていくべきです。他の先進国と協力してやるべきですし、日本もアメリカと協力すべきです。ヨーロッパも同様です。対中関係におけるじつに深刻な課題なのですが、トランプが世界中に仕掛けた貿易戦争のため、各国との協力関係がめちゃくちゃになろうとしています。
 3つ目のレベルは、このまま中国が先端技術を取り入れ続ければ、世界最大の経済大国なり、スーパーパワー(超大国)になることです。ただ、我々アメリカにそれを止める権利はありません。もちろん、テクノロジーの登用は許すべきではない。しかし他国から技術を学び、経済成長を目指すというのは、経済というゲームを戦ううえで当然の行為です。我々に挑戦してくるかもしれない国の経済成長を意図的に妨げようというレジーム(政治体制)に切り替えると、長期的にアメリカが象徴してきたすべてのことを裏切ることになる。アメリカは、他国の経済発展をブロックするようなことをしてはなりません。
 要するに、強硬姿勢を取るのが妥当なレベル、強硬姿勢を取るべきだがうまく対処できていないレベル、そして強硬姿勢を取るべきではないレベルの3つに分かれるというわけです。