じじぃの「歴史・思想_160_ホモ・デウス・第2の認知革命」

ホモデウス【ホモ・デウス下巻 ユヴァル・ノア・ハラリ】の解説要約。人類の進化で価値観が変わる!今、宗教革命が起きてる!人の仕事がなくなる!

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=tIqMWwUna-I

Homo Deus - Yuval Harari

ホモ・デウス 下: テクノロジーとサピエンスの未来 2018/9/20 ユヴァル・ノア・ハラリ (著), 柴田裕之 (翻訳) Amazon

世界1200万部突破の『サピエンス全史』著者が戦慄の未来を予言する! 『サピエンス全史』は私たちがどこからやってきたのかを示した。『ホモ・デウス』は私たちがどこへ向かうのかを示す。
全世界1200万部突破の『サピエンス全史』の著者が描く、衝撃の未来!
【下巻目次】
第2部 ホモ・サピエンスが世界に意味を与える
第10章 意識の大海
心のスペクトル/恐れの匂いがする/宇宙がぶら下がっている釘

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『ホモ・デウス(下) テクノロジーとサピエンスの未来』

ユヴァル・ノア・ハラリ/著、柴田裕之/訳 河出書房新社 2018年発行

意識の大海 より

7万年前、認知革命が起こってサピエンスの心が一変し、そのおかげで取るに足らないアフリカの霊長類の1つが世界の支配者となった。進歩したサピエンスの心は、広大な共同主観的領域へのアクセスを突如手に入れた。そのおかげで、サピエンスは神々や企業を生み出し、都市や帝国を建設し、書字や貨幣を発明し、ついには原子を分裂させ、月に到達することができた。私たちの知るかぎりでは、驚天動地のこの革命は、サピエンスのDNAにおけるいくつかの小さな変化と、サピエンスの脳のほんのわずかな配線変更から生じた。だとすれば、私たちのゲノムにさらにいくつか変更を加え、脳の配線をもう一度変えるだけで第2の認知革命を引き起こせるかもしれない、とテクノ人間至上主義(人間至上主義をテクノロジー武装した構造)は言う。最初のテクノ人間至上主義による心の刷新で、ホモ・サピエンスは共同主観的な領域へのアクセスを得て、地球の支配者になった。

第2の認知革命では、ホモ・デウスは想像もつかないような新領域へのアクセスを獲得し、銀河系の主になるかもしれない。

この考えは、進化論的な人間至上主義が抱いていた古い夢の、アップデート版の1変種だ。なぜなら、進化論的な人間至上主義はすでに1世紀前、超人の創造を提唱していたからだ。ところが、ヒトラーやその同類が選抜育種や民族浄化によって超人を創造することをもくろんだのに対して、21世紀のテクノ人間至上主義は、遺伝子工学ナノテクノロジーやブレイン・コンピューター・インターフェイスの助けを借りて、もっとずっと平和的にその目標を達成することを望んでいる。

恐れの匂いがする

医師や技術者や消費者が、精神疾患の治療とWEIRD(欧米の、啓蒙化され、産業化された社会で暮らす、裕福で、民主主義を信奉する人々)社会での享受に専念しているかぎり、標準未満の精神状態とWEIRDの心を研究していれば、私たちの必要は十分満たされたのかもしれない。標準的な人を対象とする心理学は、標準からの逸脱はどんなものであっても不当な扱いをする、としばしば非難されるとはいえ、20世紀には無数の人の苦しみを取り除き、何百万もの人の人生を救い、彼らの正気を保つことができた。
ところが3000年紀の幕開きの今、自由主義的な自由主義的な人間至上主義がテクノ人間至上主義に道を譲り、医学が病人の治療よりも健康な人のアップグレードにしだいに的を絞っていくなか、私たちは完全に異なる種類の課題に直面している。医師や技術者や消費者はもう、ただ精神的な問題を解決したがっているだけではなく、今や、心をアップグレードしようとしているのだ。私たちは、新しい意識の状態を作り出す作業に着手する技術的能力を獲得しつつあるが、そのような潜在的新領域の地図はない。馴染みがあるのは主にWEIRDの人々の標準的な標準的な精神状態や標準未満の精神状態のスペクトルなので、どんな目的地を目指せばいいのかすらわからない。
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私たちは匂いを嗅ぐ能力や注意を払う能力に加えて、夢を見る能力も失ってきている。多くの文化では、夢の中で見たりしたりすることは、目覚めているときに見たりしたりすることに劣らず重要だと信じられていた。だから人々は、夢を見たり、夢を覚えていたりする能力や、さらには、夢の世界での自分の行動を制御したりする(そういう夢を「明晰夢」という)能力まで、積極的に育んできた。明晰夢の達人たちは、夢の世界を思いのままに動き回ることができ、高次の存在の次元まで行ったり、異界からの訪問者に会ったりすることさえ可能だと主張した。それに対して現代の世界では、夢はよくても潜在意識のメッセージ、悪くすれば心のゴミとして退けられる。その結果、夢が私たちの人生で果たす役割ははるかに小さく、夢を見る技能を積極的に伸ばす人はほとんどおらず、多くの人はまったく夢を見ない、あるいは1つも夢を思い出せない、と言い切る。
匂いを嗅いだり、注意を払ったり、夢を見たりする能力が衰えたせいで、私たちの人生は貧しく味気ないものになったのだろうか? そうかもしれない。だが、たとえそうだととしても、経済と政治の制度にとっては、十分価値があった。職場の上司は部下には、花の匂いを嗅いだり、妖精の夢を見たりしているよりも、メールを絶えずチェックしてほしいのだ。似たような理由から、人間の心に対する将来のアップグレードは、政治的な必要性と市場の力を反映する可能性が高い。
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心を生み出す実際的な能力が、精神状態のスペクトルに関する私たちの無知や、政府と軍隊と企業の狭い関心と組み合わさると、災難の処方箋ができ上がる。私体は首尾良く体や脳をアップグレードできるかもしれないが、その過程で心を失いかねない。けっきょく、テクノ人間至上主義は人間をダウングレードすることになるかもしれない。社会を支配するシステムがダウングレードされた人間を好む可能性があるのは、そういう人間が精進的な才覚を持つからではなく、システムの邪魔をして物事の進行を遅らせる、本当に厄介な人間の特性の一部を欠くことになるからだろう。農民なら誰でも知っているとおり、人をいちばんてこずらせるのは、たいてい群れの最も賢いヤギで、だから農業革命には動物の心的能力をダウングレードするという側面があったのだ。テクノ人間至上主義者が思いつくような第2の認知革命は、私たちに対して同じことをし、これまでよりもはるかに効果的にデータをやり取りして処理できるものの、注意を払ったり夢を見たり疑ったりすることがほとんどできない人間を生み出す恐れがある。私たちは何百万年にもわたって、能力を強化されたチンパンジーだった。だが将来は、特大のアリになるかもしれない。