じじぃの「科学・芸術_904_日本の企業・シャープ・企業敗戦の深層」

『シャープ「液晶敗戦」の教訓』中田行彦

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=EsAsvRB1zoc

解体作業が始まったシャープの旧本社ビル

シャープ「企業敗戦」の深層 大転換する日本のものづくり 中田行彦(著)

イースト・プレス
「液晶のシャープ」と言われた「勝ち組」が、なぜ敗戦にまで陥ったのか?
今後、日本企業のものづくりはどのようになるのか?
本書はシャープの技術者として33年間勤務し、最先端の液晶技術研究と巨艦シャープの企業病、組織内部の問題点を熟知する元・液晶研究所技師長(現・立命館アジア太平洋大学教授)の著者が、なぜシャープが凋落したのかを描いた衝撃の企業敗戦ノンフィクションである。
シャープ敗戦の原因を「当事者」と「分析者」という二つの観点から分析し、グローバル競争と変化への対応を読み間違えた巨大メーカー崩壊の深層に迫る。シャープ敗戦の教訓から日本のものづくり復活へのヒントを描き出す。シャープ敗戦までの過程を描くNHKスペシャル放映に合わせて緊急出版!

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『シャープ 「企業敗戦」の深層』

中田行彦/著 イースト・プレス 2016年発行

はじめに より

シャープへの出資先が台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業に大逆転した。事実上の巨額買収である。当初は、政府系ファンドの産業革新機構(INCJ)による救済が有力視されたが、土壇場で大逆転してしまった。これは、世界をリードしてきた日本のものづくりの決定的な「敗戦」である。別の味方をすれば、日本のものづくりのグローバル化への痛みを伴う大転換である。
「液晶ならシャープ」とまで言われ高度な技術力を誇る勝ち組企業が、なぜここまで凋落してしまったのだろうか? 日本のものづくりは、コンゴどうのようになるのだろうか?
シャープの「企業敗戦」の教訓から、大転換する日本のものづくり復活へのヒントを得る。これが本書のスタンスである。
ものづくりを基盤とする日本には、大手電機メーカーが8社あった。日立製作所東芝三菱電機パナソニックソニーNEC富士通、そしてシャープだ。2011年3月に三洋電機上場廃止になり、残ったのが8社だった。しかし、シャープが事実上、鴻海に買収されたので、「7社体制」になってしまった。しかも、生き残っている7社にも昔日の面影はない。
「まさか、こんな日が来るとは!」
私はいまも信じられない思いでいる。
「日本の技術力はすごい」「日本のものづくりはすごい」と、メディアは相変わらず言い続けている。テレビ番組を見ても日本礼賛の番組ばかりが目立つ。
しかし、日本の電機産業の惨状を見ると、とてもそんなことは言えない。半導体、家電、テレビ、スマートフォンスマホ)、液晶と、日本は次々と世界のライバルたちに敗れ去り、敗戦に次ぐ敗戦を重ねてきたからだ。

仕掛けられた罠「激安液晶テレビ」 突然登場した「5万円テレビ」の衝撃 より

「亀山モデル」でシャープの大型液晶テレビは大成功した。まさに、この時点では「選択と集中」戦略は正しかった。そのため、シャープは亀山工場を超える大工場の建設を決めた。
最終的にシャープに「第1の敗戦」をもたらすことになる堺工場である。この堺工場が稼働する前の2009年2月に、シャープにとって衝撃的なことが起った。
流通大手のイオンが、価格が5万円以下という32インチの薄型液晶テレビを売り出したのである。これはノーブランド製品だったが、5万円いかという破壊的な価格には、業界も消費者も驚いた。当時のシャープの32インチ薄型液晶テレビの価格はおよそ12万円。つまり、5万円テレビの2.4倍だった。これでは、品質に少々の差があろうと太刀打ちできない。
「32インチでDVDも見られて5万円以下」と言われれば、いくら日本製品に思い入れのある消費者でも、ブランド信仰を捨ててでも飛びつく。イオンが売り出した激安液晶テレビは大ひっとし、他のディスカウントストアも追随して、32インチ液晶テレビを5万円以下、台数限定でネット販売に踏み切るなどのブームが起った。
イオンの5万円テレビは、「ダイナコネクティブ」という東京のベンチャー企業がつくった。ディスプレイもはサムソン製の液晶パネルを使用していた。ダイナコネクティブ社は、大学卒業後に韓国から来日した金鳳浩氏が、2002年に立ち上げた会社で、従業員25人の、工場を持たないファブレス企業だった。
このようなファブレス企業でも液晶テレビをつくって売り出せる。時代は大きく変わっていた。
電機業界では1990年代に分業化がはじまり、自社では生産設備を持たないファブレス企業が次々に誕生した。これに組み立て専門のEMSが加わり、安価で家電製品ができるようになった。EMSでは、「OEM」(オーイーエム:original equipment manufacturer)と言って、他社ブランドの製品を製造する。
こんなことが可能になったのは、コンピュータによるデジタル化が進み、あらゆる部品が汎用化(コモディティ化)したからである。こうなると、そういった汎用化した部品、つまりモジュールを集めて組み合わせるだけで、最終製品ができるようになった。

すり合わせ国際経営2.0 生き残れるのは変化に適応できた者だけ より

「変化に適応できなければ淘汰される」
これが、「シャープ企業廃船」から得られる教訓である。もちろん、半導体、家電産業など、日本のものづくり全般に対しても同じことが当てはまる。
ダーウィンが「自然選択説」(自然淘汰説)を提唱して、生物の進化の仕組みが解明されるようになった。
小泉純一郎元首相は、所信表明演説構造改革の促進を訴え、こう述べたことがある。
「進化論を唱えたダーウィンじゃ、『この世に生き残る生き物は、もっとも力の強いものか。そうではない。もっと頭のいいものものか。そうでもない。それは、変化に対応できる生き物だ』という考えを示した」
現在をじつに見事に言い当てた警鐘に満ちた言葉である。
私は前著『シャープ「液晶敗戦」の教訓』では「すり合わせ」と「グローバル化」を統合したモデルとして「すり合わせ国際経営」を提案した。これはシャープと鴻海の提携を意識したものだったが、それが皮肉なことに実現してしまった。そこでこのモデルを、変化の察知とIT化の視点で改良した「すり合わせ国際経営2.0」というモデルを提唱したい。
このモデルに基づけば、シャープの「すり合わせ」による研究・開発力とブランドを使い、鴻海の生産技術と中国などにある生産工場や世界に拡がる顧客のネットワークを活用できる。
つまり、「国際水平分業」ネットワークの形成だ。