じじぃの「科学・芸術_873_しんかい6500・深海に潜る」

しんかい6500

『深海――極限の世界 生命と地球の謎に迫る』

藤倉克則、木村純一/著、海洋研究開発機構/協力 ブルーバックス 2019年発行

深海と生命 深海に潜る

8時00分

研究者1名とパイロット2名は、「しんかい6500」のチタン合金耐圧殻(直径2m)に覆われたコックピットに乗り込みます。パイロットはすぐに、さまざまな機器の作動チェックを行ないます。研究者は、その日の潜航目標を示した地図を見ながら、航走するルートと作業内容や作業予定を頭の中でシミュレーションします。自走する「しんかい6500」では、潜航中に常に自らの位置を把握しておかなくてはなりません。そのため、海上にいる支援母船「よこすか」は、「しんかい6500」の位置を常に追跡しています。水の中では電波は吸収されて届かないないので、音波で位置を確認します。「よこすか」の位置はGPSで正確に計測されます。「しんかい6500」は数秒毎に音波を発信し、「よこすか」は、その音波が発信された角度と届くまでの時間から、「しんかい6500」の位置を決定します。地図は基準点が示され、X軸とY軸に等間隔で基盤目の線が引かれています。「よこすか」は把握した「しんかい6500」の位置を、水中通話機で「現在の位置、基準点からX200m、Y100m」というように伝えます。これにより、パイロットと研究者は、正確な位置がわかります。

8時40分

「しんかい6500」は、「よこすか」後部にあるAの字型をしたクレーン(Aフレームクレーン)を使って海面に降ろされます。着水して窓から表層の水の中を見ると、多量にいる直物プランクトンで海水は薄く濁り光合成による生物生産が盛んなことがわかります。地球の生態系は、太陽光をエネルギーにして植物などが光合成して一次生産者となり、それを草食動物が捕食し、さらにそれを肉食動物が捕食する「植物連鎖」が基本です。この連鎖は海でも陸でも変わりません。通常の深海生態系も、このシステムに組み込まれています。化学合成生態系とよばれるシステムは例外です。

9時00分

着水した「しんかい6500」は、タンクから空気を排出し、深海に向けて潜航が始まります。ときおり小魚の群れに遭遇します。植物プランクトンやそれを捕食する動物プランクトンを食べているのでしょう。浅海の植物連鎖と生物量が多いことが実感できます。
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11時10分

水深6000mに到達しました。ここから超深海、そして海溝とよばれる領域に入ります。東北沖からは離れますが、世界でもっとも深いマリアナ海溝の微生物を詳しく調べたところ、海溝の超深海に独自の生態系が存在することがわかってきました。(Nunoura et al.2015)。海溝内の超深海層(水深6000m以深)と、そこより浅い深海層(水深4000~6000m)では、微生物数に大きな違いはありませんでした。しかし、6000m以深では明らかに従属栄養性のもの、つまり植物のような独立栄養生物ではなく、自らは炭素を固定することができず他の生物から有機化合物を得る微生物が多く生息していました。これらの微生物は、海溝の斜面が地震などで崩れた堆積物から出てくる有機物に依存すると考えられ、独自の超深海海溝生態系を形成しているようです。

11時15分

水深6200mに到達しました。海底まであと100mです。「しんかい6500」は沈降するために鉄のおもり(バラスト)を搭載しています。海底から高さ100mになると、バラストの半分を切り離します。そうすると浮きも沈みもしない中性浮力になります。「しんかい6500」に搭載する機器の重量や潜航者の体重は、事前にきちんと測り、それにあわせたバラストの量を搭載することが必須です。中性浮力と水平が安定すると垂直スラスタを回しながら海底にゆっくりと降りていきます。

11時20分

水深6300mの日本海溝の海底に着底しました。着底直後は堆積物が舞い上がるので、濁りで視界が遮られます。まるで味噌汁の中にいるようです。日本海溝の海底には南北方向に流れる潮流があるので、濁りは1分もしないうちに流され、視界が晴れてきます。海底の底質や潮流の流向と流速、そして「しんかい6500」の機器に異常がないことを確認し、海底から2mくらいの高さを維持しながら、目標地点に向かって航走します。海底には、堆積物を食べるキャラウシナマコやセンジュナマコ、懸濁物を集めて食べるウミユリ、オトヒメノハナガサといった底生生物がいます。この堆積物も懸濁物も、もともとは海面表層の生産物に由来していますから、6000mを超える超深海の大型底生生物も光合成生態系の一員ということになります。
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14時30分

「しんかい6500」は、バッテリーで動きます。水深6000mを超える海底で調査できる時間は3~4時間程度しかありません。バッテリーが規定放電量に達すると、警告音が鳴り響きます。そして、調査終了となりバラスト(おもり)を切り離し、海面に向け浮上を始めるのです。