じじぃの「科学・芸術_821_大統領とハリウッド・『ニクソン』」

Anthony Hopkins Movie 「Nixon」

解説・あらすじ ニクソン (1995) Yahoo!映画

監督 オリヴァー・ストーン
O・ストーンが「JFK」に続いて撮った政界ドラマ。アメリカ合衆国第37代大統領リチャード・M・ニクソンの激動と波乱に満ちた半生を、1972年に起きたウォーターゲート事件を発端に、様々な証言、記録をもとに描く。
ケネディ大統領暗殺及びロバート・ケネディ射殺事件の黒幕がニクソンだったという説や、妻のセルマ・キャサリン・パトリシアとの不仲説など、歴史上の事実、解釈、憶測を織り混ぜながら、映画はニクソンという人間の光と影を浮き彫りにしてゆく。

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『大統領とハリウッド アメリカ政治と映画の百年』

村田晃嗣/著 中公新書 2019年発行

「英雄」から「適役」へ――大統領イメージの転落 より

1968年の大統領選挙は、僅差で共和党ニクソンが制した。60年の大統領選挙に敗れ、62年にはカリフォルニア州知事選挙にも敗れ、元副大統領としてのみ歴史に名を留めると思われていた。あのニクソンが「法と秩序の回復」を提唱して、奇跡の復権を果たしたのである。再びジョン・ウェインレーガンが熱心に彼を支援した。
読者は意外と思われるかもしれないが、ニクソンほど映画と関わりの深い政治家も珍しい。ニクソンは映画産業がハリウッドに興った頃に、しかもハリウッドの近くで生まれた。彼は映画と共に育った第1世代に属する。また、彼の妻は、若い頃にハリウッドでエキストラをしていた。その上、ニクソンは下院で「赤狩り」に深く関わった。
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他のどの大統領よりも、ニクソンは銀幕を見つめ続けた。ビデオやDVDが登場する以前のことであり、暗室の中で2時間近くも映画を見ることは、孤独で自制的な営みである。ケネディは母校ハーヴァード大学教授のジョン・ガリブレス(ケネディ政権のインド大使)にこう語ったという。「ニクソンはいつも、自分はどんな人間なのかを自問自答しているに違いない。それは疲れるよ。私は自分自身でかまわないんだ」。自らがセレブである人間と、セレブに憧れ、セレブを見続けた人間との、本質的な相違である。
自省的な人間の特徴であろう。1970年のカンボジア侵攻の際には、ニクソンは公開直後のシャフナー監督『パットン大戦車軍団』を3度も鑑賞している。大統領はかつての「よい戦争」に思いを馳せ、昔の上司アイゼンハワーを回想したはずである。同様に、マイケル・アンダーソン監督『八十日間世界一周』(1956年)やイワン・ピイリエフ監督『カラマーゾフの兄弟』(1969年)などの対策を、ニクソンは大統領別邸のキャンプ・デーヴィッドで繰り返し鑑賞している。あるいは、核戦争後の世界を描いたスタンリー・クレイマー監督『渚にて』(1959年)や『ダラスの暑い日』も、鑑賞リストに上がっている。大統領在職中の5年7ヵ月間に、彼が鑑賞した映画は500本を数える。
それだけではない。今日に至るまで、ニクソンはハリウッドに悪のイメージを提供し続けている。

ストーン監督『ニクソン』 (1995)のラスト近くのことである。主人公はホワイトハウスケネディ肖像画を見つめながらつぶやく。「人々は君を見る時に理想を見て、私を見る時には現実を見るのだ」。

実際にも、ニクソンとジュラルド・フォード、ジミー・カーターの歴代大統領が並んでいる写真を指さして、ボブ・ドール上院議員(1996年の共和党大統領候補)がこう言った。「フォードは悪に見えない。カーターは悪に聞こえない。ニクソンは悪そのものだ」。
「狡猾なディック」のイメージに最も近いのは、おそらく、シェイクスピアの『リチャード三世』の残忍で嫉妬深く強欲な主人公だろう。