じじぃの「科学・芸術_748_塵の河・黄土高原」

Protecting People from Sand and Dust Storms - Chinese/中文

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=7rKqW-bhjFk

中国からの砂塵嵐が朝鮮、日本を襲う

韓国・ソウルのPM2.5濃度 観測史上最悪に

2019/01/14 朝鮮日報
韓国で微小粒子状物質(PM2.5)が連日高い濃度を示す中、ソウルのPM2.5の濃度は14日、観測史上最高値を記録する見通しだ。
環境部国立環境科学院によると、この日午後3時までのソウルのPM2.5の1日平均濃度は、1平方メートル当たり118マイクログラムだった。午後3時以降も濃度は大幅に低下しないと予想される。
http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2019/01/14/2019011480156.html

『小さな塵の大きな不思議』

ハナ・ホームズ/著、岩坂泰信、梶山あゆみ/訳 紀伊国屋書店 2004年発行

空を流れる「塵の河」 より

春のアジアでは、乾いた大地を強い風が吹きあれるため、砂塵嵐は少しも珍しくない。しかし、1998年の4月に咲いた風はいつにも増して激しかった。4月15日の早朝、中国の中北部からモンゴルにまたがる広大な砂漠と黄土の高原で、冷たい風が吹いた、風速は20メートルに達したと見られている。その3分の1くらいのスピードでも、砂塵をまき散らすにはじゅうぶんだというのに、翌16日の正午近くには、北京の空が暗くなる。まもなく塵をたくさん含んだ大粒の雨が落ちてきて、車や通りに黄色い泥を散らした。べつに、異常気象でもなければ超常現象でもない。この黄色い雨は「泥雨」とも呼ばれ近頃の北京ではおなじみのものになっている。黄土を開墾しすぎたつけが回って内陸の砂漠化が進み、風に飛ばされる砂塵の量が増えているからだ。昔は、これほど大きな砂塵嵐がアジアを襲うのはせいぜい7、8年に一度だった。今では年中行事である。2000年の春にも小規模ながら十数回もの嵐が起きて、北京の街を黄色い塵で汚した。
1998年4月の猛烈な嵐のあとで、黄色い雨となって落ちた塵は、全体から見ればごくわずかだった。では、残りの砂塵はどこへいったのだろう? 衛星写真はしっかりととらえていた。青と白の地球をバックに、黄褐色の河が淀みなく東に流れていくのを。やがて河は太平洋を越え、カナダ西部のブリティッシュコロンビア州をおいしそうになめた。まもなく勢いが衰えて消えかけたが、はるかうしろでは早くも次の砂塵嵐が生まれつつあった。
4月19日、まともや激しい風がゴビの東部に爪跡を残す。飛び交う砂塵で50メートル先も見えない。CNNニュースによると、この砂塵嵐のせいで中国では住民12人とウシ9000頭近くが命を落とし、モンゴルでは1000人が住む家を失った。4月21日には、この嵐で生まれた塵の河が早くも太平洋に舌を伸ばしていた。
こうした塵の河の物語は今、先のみえない新しい展開を見せはじめている。これまで、河に流れ込む砂塵のふるさとはだいたい決まっていた。たえず動きまわる砂丘もそのひとつである。砂丘の奥で何百万年も転がりうづけた砂粒が、ついに塵となって飛び立つ。ゴビの恐竜の墓場から舞いあがる塵もあったかもしれない。干し上った川底からも塵は立ちのぼってきた。気の遠くなるほどの年月をかけて山から運ばれてきた岩石の粒なのだろう。
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では、嵐が工場地帯や大都市を吹きぬけたら? 今度は中国の空を厚く覆う汚染物質をさらっていく。硫黄酸化物の塵。ディーゼルから出る排気ガスや黒煙、あるいは有害な金属の微粒子。すべてが吹きあげられ、渦巻く塵の濁流へと流れこむようになった。