じじぃの「科学・芸術_594_イスラエル・村上春樹 壁と卵」

"Always on the side of the egg" - Murakami 動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=5HwqYEI9xAI
Between a high, solid wall and an egg that breaks against it,
I will always stand on the side of the egg.


イスラエルを知るための62章【第2版】』 立山良司/編著 赤石書店 2018年発行
村上春樹エルサレム賞――「壁と卵」 より
近年、イスラエルで最も読まれている外国人作家に村上春樹の名は欠かせない。多くの書店ではヘブライ語訳が平積みされ、初対面のイスラエル人からは「日本人ならムラカミを読んだことがあるか」と聞かれることもしばしばだ。また、街中のカフェで読まれている本がヘブライ語版『1Q84』であることもめずらしくない。そんなイスラエルで、歴代受賞者に世界の大物作家が並ぶエルサレム賞が2009年村上春樹に贈られた。
エルサレム賞賞は1963年、社会における人類の自由について貢献した作家に与えられる賞として成立し、以後イスラエル人作家を含む審査委員会で隔年で、オクタビオ・バス、V・S・ナイボール、J・M・クッツェーなど、それぞれ数年後にノーベル賞を受賞する作家を選出している。賞金が1万ドルと他の賞に比べて控えめなことも特徴だ。受賞者は、最大規模の「エルサレム国際ブックフェア」期間中に行われる授賞式で受賞スピーチをする。
村上春樹が受賞スピーチを行った2009年2月は、イスラエルに対する批判が国際社会で高まった時期であった。ガザ地区からロケット攻撃に対抗し、イスラエル軍が2008年来から約3週間にわたってガザへ大規模軍事作戦を展開した結果、ガザ側で多数の子どもを含む1000名以上が犠牲となったからである。日本でも受賞の辞退を求める運動がおこったが、最終的には自分の目で実際にみたいと村上春樹イスラエル訪問を決めた。
授賞式には大統領などの来賓を含む700人以上が会場を埋めた。司会者が「今年の受賞者はハルキ・ムラカミ」と紹介するだけで拍手と指笛が響き、筆者の隣にいた複数の若い女性が「ムラカミ作品を日本語で読みたいから大学で日本語を勉強します」と目を輝かせるなど、異様な昂揚感が会場を襲った。村上春樹は壇上に立ち、後に「壁と卵」として知られる受賞スピーチを始めた。
冒頭、多数の市民が犠牲となったガザ大規模攻撃を批判した後、徐々に乗ってくる様子が全身から感じられるようになると、村上春樹は、両手で卵の形を胸の前に示しながら熱く語った。
  もしここに硬い大きな壁があり、そこにぶつかって割れる卵があったとしたら、私は常に卵の側に立ちます。
   (中略)
  こう考えてみて下さい。我々はみんな多かれ少なかれ、それぞれに1つの卵なのだと。かけがえのない1つの魂と、それをくるむ脆い殻を持った卵なのだと。私もそうだし、あなた方もそうです。そして我々はみんな多かれ少なかれ、それぞれにとっての硬い大きな壁に直面しているのです。
次第に観衆と村上春樹の無言の対話を感じるようになりおそらく公の場で初めてであろう彼の父の死について語る頃には、ピンと緊張感がはりつめた。「あなたがたの力によって、私はここにいるのです」の一言で観客との一体感が生まれ、スピーチが終ると、観客は立ち上がりしばらく拍手を続けた。
授賞式後、ある翻訳家が「今日から私も卵よ」と口にするなど、スピーチは大方肯定的に受け入れられた。
     ・
それから10年が経過するが、イスラエル村上春樹ファンは根強く、新作が出ればヘブライ語訳が出版され続けている。