じじぃの「科学・芸術_569_R・ダール『牧師のたのしみ』」

7 Best Roald Dahl Movies Ranked 動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=mn3xqfhbYRo
R・ダール 「牧師のたのしみ」

キス・キス (異色作家短編集) ロアルド・ダール, Roald Dahl, 2005/10/7 Amazon
ダールの短篇集のきわめつけは「あなたに似た人」でしょうが、この「キス・キス」もそれに劣らない逸品ぞろいです。全体に「あなたに似た人」よりもSF的な発想のものが多く、「ウィリアムとメアリイ」「ローヤル・ジェリイ」などがそうですが、「ローヤル・ジェリイ」のぞっとする読後感は見事にダール。典雅でユーモラス、あまりのもったいなさに悲鳴を上げそうになる「牧師の楽しみ」はダール短篇中でも屈指の傑作(個人的には「もったいない」小説ベスト1。ああもったいない)。
それから私はここに納められている、とりわけ短い「誕生と破局」がどういうわけか非常に好きで、この短い話に込められた哀しみ、優しさ、そして残酷さはまさに絶品です。いつものユーモアは影をひそめ、沈痛ささえたたえている。この掌編はダールの作品中でも異色作でしょう。「あなたに似た人」よりも作品の出来にばらつきを感じますが、「奇妙な味」系の短篇好きの方はやはり必読ですよ。

                              • -

『短編小説のレシピ』 阿刀田高/著 集英社新書 2002年発行
R・ダール <天国への登り道>そして、その他の短編 より
ロアルド・ダールは1916年にイギリスのサウス・ウェールズに生まれた。両親はノルウェー人。優秀な学徒であったが父親を早く失い、大学へ進むことなくシェル石油に就職してタンザニアやカナダのニューファンドランドなどに駐在した。次いでイギリス空軍に入隊しパイロットとして第二次大戦の戦場へ赴く。戦傷除隊してアメリカ大使館に勤務したのがきっかけとなり、以後はアメリカで暮らすことが多くなる。短い期間だが、ディズニー・プロに身を置いた時期もある。
1946年に<飛行士たちの話>を出版。パイロットとしての体験や見聞を綴った短編集だが、実録的な作品ばかりで、後年の作風とは大分異なっている。わずかに<番犬に注意>あたりにミステリーらしい気配が感じられるくらいだ。
     ・
ダールは短編の名手であったが、発表した短編の数は少ない。その少ない短編の中にも、――これ、どこがいいの――
と首を傾(かし)げるような作品もあって、本当によいものは極端に少ない、と、これは定説と言ってよい。つまり名作は少ないがうまく決まったときは本当に「おみごと」という書き手なのだ。
星新一さんはともかく、10本の指を立てた私の考えを述べれば、
<牧師のたのしみ>
<南から来た男>
<天国への登り道>
<女主人>
<暴君エドワード>
<海の中へ>
<味>
<誕生と破局
<来訪者>
<番犬に注意>
などなどであろうか。
1番に挙げた<牧師のたのしみ>は、ゆったりとした、おかしみの漂う作品である。ダールの文章と筋選びの巧みさがよく反映されており、この題材は凡手が書いたら、さほどの名作にはならないかもしれない。
ヨーロッパには古い家具を珍重する習慣がある。<牧師のたのしみ>の主人公は田舎の素封家を訪ねて、持ち家もそれと知らずに使用している家具の名品を安く入手することを生業としている。ペテン師と紙一重の仕事だ。正体を見破られないように巡回牧師のような装いをして、買ったものを運ぶ大型車も村の外に置いておく、という念の入れようだ。
ある日、チッペンデールの整理箪笥(たんす)が(これは発見すれば博物館に入るほどの名品だが)民家でなにげなく使われているのを見つけて買い取りにかかる。持ち主に足もとを見られてはいけない。さりげなく、さりげなく……。ほかのものがほしいような顔をして、ことのついでに、「こちらの大きな箪笥だけれどねえ」
と、水を向ける。箪笥そのものがほしいのではなく、箪笥の脚が廃物利用で役に立ちそうなので譲ってほしいと持ちかける。
日本の落語の名作に<猫の茶碗>があって、これは猫にご飯を食べさせている茶碗がとてつもなく名品で、それを見抜いた道具屋が、まず「猫を譲ってほしい」と願い、猫を買ったところで「ついでに茶碗も一緒に」と願うと「これは駄目です」「どうして?」「この茶碗で食べさせておくと猫が高く売れるので」と、売り手のほうが一枚上手だった、というストーリー。<牧師のたのしみ>にも同じおかしさが漂っているが、結末はちがう。チッペンデールの名品はどうなるのかはここではあかさずおこう。実際に読んで、楽しんでいただきたい。
そして<天国への登り道>である。<牧師のたのしみ>が筆致のすばらしさが味噌であり、<南から来た男>はアイデアが尋常ではない。どちらも凡手がまねるのはむつかしい。ひたすら感心するばかりで、短編小説を考えるときの直接のヒントにはなりにくい。
その点<天国への登り道>は手がかりとなるものを含んでいる。私にはそう見える。もちろん、この作品も奇想を拠りどころとしているのは確かだが、短編小説を書く時に役立つ大切なポイントを鮮明に提示していることもまた確かである。