じじぃの「科学・芸術_350_小説『無情』(朝鮮)」


無情 (朝鮮近代文学選集)  李光洙 amazon
朝鮮文学初の近代長篇小説『無情』の初めての完全日本語訳。植民地朝鮮の近代化と独立を志す本書は、その深い心理描写によって近代小説誕生の栄誉を受けるが、同時に近代啓蒙の挫折の影も予感させる。

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李光洙――韓国近代文学の祖と「親日」の烙印』 波田野節子/著 中央公論新社 2015年発行
『無情』の時代――名声獲得と三・一独立運動 より
1919年2月初めに上海に着いた李光洙は、港で友人の張徳秀と出くわした。日本に向かう彼に所持金を全部与え、李光洙は見送りの来ていた彼の仲間の家にそのまま転がり込んで、呂運亨ら政治青年たちが上海で結成していた新韓青年党の活動に加わった。彼らはパリ講和会議に代表として金奎植を派遣し、上海に臨時政府をつくる準備として本国、シベリア、日本に仲間を送りこんでいた。
2月20日頃、3月3日に運動を起こすという知らせとともに崔南善の起草した独立宣言書が朝鮮から届いた(三・一独立運動は当初は3日の予定だった)。青年党員たちは霞飛路に事務所を借り、タイプライターをおいてその日を待った。5日頃、3月1日に京城独立運動が起きたという情報が新聞に載ると、李光洙たちは海外の同胞団体にこれを知らせ、米大統領と英・仏首相に、朝鮮が独立を宣言して善国民が立ち上がったという内容の長文の英文電報を送った。七百数十元という法外な料金を払って電報局を出たときは爽快だったと李光洙は回想している。
まもなく朝鮮の消息が国境を越えて伝わってきた。下着や靴の底にひそませてきたと思われるしわくちゃの紙に細かい字で書き込まれているのは、どこで何人が独立万歳を叫び、何人がどのように日本の警察と軍隊に殺されたかというような情報だった。李光洙たちの仕事は、それらを中国語と英語の記事にして新聞社と通信社に提供することだった。
イギリスとアメリカの新聞は情報の確実さや数字の正確さを要求して、なかなか記事にしてくれず、新韓青年党では、英字紙『チャイナプレス』の記者の朝鮮行きの費用を負担した。3週間後に戻った記者はカナダ人宣教医師フランク・ウィリアム・スコフィールドと会ってさまざまな情報と写真を入手してきており、こうして水原の村人たちを教会に閉じこめて焼殺した提岩里事件をはじめとする虐殺が伝えられることになった。
やがて新韓青年党の呼びかけに応え、海外にいる独立運動の指導者たちが上海に集まる。4月11日、新韓青年党がこの日のために準備しておいたフランス租界の金神父路にある西洋住宅で、大韓民国臨時政府の樹立が宣言され、国務総理に李承晩、内務総長(内相)に安菖浩がともに不在のまま選出された。
李光洙は新韓青年党を離れ、政府機関紙『独立新聞』創刊の準備に入った。役割を終えた新韓青年党は1922年に解体する。
臨時政府の内務総長に選出された安菖浩は、5月末に上海に着くと旅の疲れで紅十字病院に入院した。自分と因縁が深いこの人物を、李光洙はすぐに見舞いに行った。
10年以上前、1907年に安菖浩が亡命先のアメリカから韓国に戻る途中で日本に立ち寄ったとき、中学編入の準備をしていた李光洙は彼の演説を聞いていた。そのあと韓国に戻った安菖浩は新民会を組織し、平壌に大成学校をつくって校長となる。そして、そこで彼の演説を聞いて感動した李昇薫が定州に五山学校を建て、中学を卒業する李光洙を教員として招聘したのである。李光洙が五山学校に赴任したとき、安菖浩はすでにアメリカに亡命していて会えなかった。いま上海で、李光洙はようやく安菖浩と知り合ったのである。
安菖浩は臨時政府に入ると、まず臨時政府の乱立を回避させるための内閣改造を行った。彼は主だったメンバーを上海に召集し、李承晩を大統領、李東輝を国務総理に選出させ、自分は国務総理代理になった。そして霞飛路の事務所に通いながら、長期的な独立計画である「独立運動方略」を作成し、臨時資料編纂会を立ち上げて民族運動の資料を編纂し、政府の機関紙として『独立新聞』を創刊した。
李光洙は彼を手伝って「独立運動方略」を作成し、資料編纂会の主任として独立運動の歴史を整理し、『独立新聞』の社長に就任した。この頃東京の一高を中退して上海に駆けつけた朱耀翰が、一緒に『独立新聞』の仕事に携わった。

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『世界文学大図鑑』 ジェイムズ・キャントンほか/著、沼野充義/監修 三省堂 2017年発行
『無情』(1917年)李光洙 より
韓国(当時は朝鮮)の新聞記者であり、独立運動家でもあった李光洙(1892年〜1950年)は、韓国で最初の近代小説『無情』を書いた。
日本の占領下にあったソウルを舞台に、主人公の英語教師がふたりの女性のあいだで引き裂かれる。一方は古風な妓生(芸者)であり、もう一方は西洋風の自由な考えに傾倒している。主人公の苦悩によって、当時の朝鮮社会の緊張が際立ち、また、混在する文化のみならず、性の目覚めという個人的な体験も描いている。