じじぃの「原子はなぜ安定に存在できるのか?量子論はなぜわかりにくいのか」

Electron 動画 britannica.com
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量子論はなぜわかりにくいのか 「粒子と波動の二重性」の謎を解く』 吉田伸夫/著 技術評論社 2017年発行
波と量子 (一部抜粋しています)
19世紀後半、化学反応の量的関係から原子の存在が確実視されてようになると、次の段階として、原子の実態を解明するための実験が次々と試みられる。ところが、こうした実験を通じて浮かび上がってきたのが、原子の不可解さである。中でも最大の謎とされたのが、「原子はなぜ安定に存在できるのか?」だった。
強い電圧を加えたとき、真空管のマイナス電極からビームが放出されることは、19世紀半ばから知られていたが、このビームに磁場をかけるとニュートン力学に従う粒子と同じように曲がることから、一定の質量と負電荷を持つ粒子の流れだと解釈された。電子と名づけられたこの粒子は、原子よりもはるかに軽く(最も軽い水素原子の約2000分の1)、あらゆる物質の内部に存在することも確かめられた。このため、原子は、質量の大部分を占める重い正電荷と、強い電圧を加えると正電荷から引き離すこともできる複数の電子から構成されると推測できる。しかし、具体的なモデルを構築することは、困難を極めた。
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シュレディンガーは、原子物理学の専門家ではなく、科学全般に興味を持つジェネラリストだったが、その広範な知識が役立つ。彼は、「電子に付随して原子核の周りを回る波」というド・ブロイの曖昧なイメージを捨て、この波を、原子核の周囲に形成される定在波と解釈し直した。この再解釈によって、電子の軌道という概念は完全に姿を消し、原子全体にわたって波が拡がっているという描像が得られる。その上で、ド・ブロイの関係式を満たすような定在波を形成する方程式を逆に求めることで、有名なシュレディンガー方程式に到達したのである(1926)。
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ただし、波動関数が場の状態と無関係だとも言い切れない。台風の予報は、あたかも物体であるかのように移動する台風の位置を表すものだが、その背後には、地表に遍く存在しあらゆる気象現象を生み出す大気がある。台風の予報の中には、間接的に大気に関する情報が含まれている。同じようにシュレディンガー波動関数も、電子という粒子の位置を表すものではあっても、その背後に電子を生み出す場の状態があり、波動関数にその情報が含まれると考えることは無理ではない。シュレディンガーは、やや勇み足気味に、自分の考案した波動関数で全ての物理現象が表されると考えたが、たとえ、そのアイデ自体が否定されたとしても、定在波を使って原子の状態を導き出した天才的な洞察は、何らかの形で生かすことができないだろうか?
しかし、そうした議論をする前に、シュレディンガーを批判したハイゼンベルグらが、波動一元論に代わる正当な世界観を掲示し得えたかどうかを検証する必要がある。もし、リアルな波に言及することのないハイゼンベルグらの方法論が全面的に正当であるならば、シュレディンガー流の波動一元輪はもとより、その背後にある場に関する理論を模索する必要もないはずである。果たして、ハイゼンベルグの見解は、正当なものと言えるのだろうか。

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どうでもいい、じじぃの日記。
図書館で新刊書コーナーを覗いてみたら、吉田伸夫著 『量子論はなぜわかりにくいのか 』という本があった。
パラパラ、ページをめくってみたら、数式だらけというほどでもない。
「原子はなぜ安定に存在できるのか?」
私たちの体は原子からできている。その原子は原子核と電子から成り立っている。
原子核と電子の距離は途方もない距離だ。原子と原子の距離も途方もない距離だ。
よくまあ、こんな体に出来上がったものだ、不思議な感じだ。
光は粒子的な性質と波動的な性質の両方を持つといわれている。
この本によれば、光は粒子の振る舞い(もどき)をする波なのだそうだ。
ハイゼンベルク不確定性原理があるため、私たちの体はバラバラにならなくてすんでいるのだとか。
こんなことを考える機会を与えてくれた、先人たちに感謝します。