じじぃの「人の生きざま_734_ドナ・ウィリアムズ(作家・自分の居場所を求めて)」

Dissociative Identity Disorder - a pictorial journey of my team 動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=0aly5E8wGSY

ドナ・ウィリアムズ、河野万里子/訳 『自閉症だったわたしへ』 新潮社
●信じよう。どこかにきっと、わたしの居場所がある。
わたしってそんなに「変でおかしな子」なの?
幼い頃から、周囲の誰ともうまくつきあうことができず、いじめられ、傷つき苦しみ続けた少女――。家族にも、友達にも、学校にも背を向け、たった一人で自分の居場所を求めて旅立った彼女が、ついに心を通い合わせることができる人にめぐりあい、自らの「生きる力」を取り戻すまでを率直に綴った、鮮烈にきらめく、魂の軌跡の記録。
http://www.shinchosha.co.jp/book/215611/
自閉症だったわたしへ』 ドナ・ウィリアムズ/著、河野万里子/訳 新潮社 1993年発行
最後の闘い より
家では、買ってきたばかりの安いプラスチックのタイプライターで、自分の心のうちを綴り始めた。まずわたしは、思い出せる限りの過去にさかのぼって、わたしの世界の中心の部分を描いてみた。タイプライターからは、一枚、一枚とページが送り出され、それらの過去の一瞬一瞬の中には、再びその刻(とき)を生きている、わたしがいた。日ごとに夜は、長くなっていった。わたしはまっすぐに前を見つめ、自分の両手の指先からことばがほとばしるままに、書き進んだ。
わたしは、あのウェールズの男性とともに分かち合ったことを表現するために、自分の内に、ことばを求めた。書き終えたページの山が高く積み重なるにつれて、わたしの図書館通いもますます頻繁になった。わたしは、精神分裂症についての本を読みあさった。そうして、何もかもをつなげてくれることばが見つからないものか、これこそ自分だと思えることがどこかに書かれていないかと、必死にページをめくり続けた。
それは、突然わたしの目に飛び込んできた。そのことばにめぐり合ったのは、父が4年前にふと口にして以来のことだった。「自閉症」。そこには、そう書かれていたのである。「精神分裂症とは区別される」。心臓が、飛び出しそうなほどに高鳴った。わたしは震えた。これこそ、捜し続けてきた答えなのではないか。あるいは、その答えにたどりつく最初の一歩なのではないか。わたしは自閉症についての本を捜した。
読み進むにつれて、わたしの中には、やっと見つけたという気持ちと、怒りのような気持とが、ない交ぜになってこみ上げてきた。ことばを真似ること、触られることに我慢ができないこと、つまさきで歩くこと、音が苦痛であること、ぐるぐる回ったり飛んだりすること、体を揺らすこと、繰り返しが好きなこと。すべて、書かれている。そうしてそれらすべてが、わたしのこれまでの人生を、嘲(あざけ)るかのようにいろどってきたのだ。わたしの頭の中には、そんなわたしの行動を矯正するという答えのものとに行なわれた、さまざまな虐待の場面がよみがえった。仮面の人物たちを創り出したことで、わたしという人間は引き裂かれはしたが、そのかわりに個性も人格も失ってしまうかのような自閉症の悲劇からは、逃れることができたわけだ。わたしの一部分はそうしたさまざまな矯正や訓練に従ったが、その他の部分では、26年間、誰にも踏みにじられることもなく、わたしはわたしだけの世界を保ち続けてきたのである。
ただ一度だけでいい。なぜわたしがこんなふうなのか、客観的な意見を聞いてみたい。わたしはかきあげた自分の原稿を、児童精神科医に呼んでもらおうと決心した。昼休みに、わたしは児童精神科科はどちらでしょうとたずねて、病院の中を歩いた。そうしてドアに掛っている札を読んで歩き、これだと思うドアを見つけるとノックした。
訳者あとがき より
  自分の居場所と呼べるところを
  ずっと捜しているのに
  わたしには見つからない
  どこもかりそめの顔、かりそめのわたし
  そして少しずつ わたしは自分を見失う      (本文より)
たとえば電車に乗っている時、一人で街を歩いている時、まわりの景色が突然すうっと遠のいていくようなことはないだろうか。まるで自分のまわりにだけ、目にはみえないバリアができてしまったようで、街の喧騒も人々も蜃気楼のようにぼやけてゆがみ、自分がどこにいるのかわからなくなる。何者であるのかわからなくなる――
人がこんな風になるのは、何かショックなことがあったり心が傷ついていたりする時、あるいはひどく疲れている時なのだろう。そうしてたいていは、時間によって癒され、やがて手ごたえのある現実感と自分自身とが再び戻ってくるものだろう。けれどもし、癒されることがなかったら? 外の世界がますます無意味に感じられ、バリアはますます厚く、ますます抜け出られないものになっていったとしたら?……
本著の著者、ドナ・ウィリアムズは、そうした困難を抱えて生まれてきた人である。それが「自閉症」という名の症状であることも知らず、変わり者扱いされることに耐えながら、彼女は賢明に、バリアの向こうにある普通の世の中へ入っていこうと闘った。バリアの内側の、自分だけの世界も守ろうと闘った。そうして長い長い闘いの末、ついに教養あるすばらしい女性に成長した彼女は、自分がどこにいたのか、何者であったのかを知るために、過去の時間の糸をたぐり寄せるように心の旅に出た。