じじぃの「人の生きざま_694_ブルース・グリック(免疫学者)」

ファブリキウス嚢 (p.twpl.jp HPより)

Nunc Dimittis Bruce Glick - Poultry Science
●Bruce Glick
Bruce Glick, accomplished researcher, teacher, and administrator, died February 19, 2009. He was born May 5, 1927 in Pittsburgh, Pennsylvania. An interest in birds led him to the Poultry Science Department at Rutgers University after completing military service during Word War II. He followed his undergraduate education with a MS at the University of Massachusetts, and he completed a PhD at The Ohio State University in 1955.
https://ps.oxfordjournals.org/content/88/5/1129.full.pdf
現代免疫物語―花粉症や移植が教える生命の不思議 岸本忠三・中嶋彰/著 ブルーバックス 2007年発行
グリックの失敗 (一部抜粋しています)
私たちは今でこそ、免疫の主役を担うB細胞とT細胞がどこで生まれて育ち、これらがいかに精緻で巧みな連携プレーをするかを知っている。
B細胞の「B」は骨髄(Bone marrow)の「B」。骨の中の骨髄で誕生するB細胞は、外部から侵入してきた病原体と戦い抗体を作り出す。ただしB細胞は自分だけでは抗体は生み出せない。B細胞が抗体を作るにはヘルパーT細胞の助けを借りなければいけない。
T細胞の生れる場所もB細胞と同じ骨髄だ。しかし育つ場所は違う。T細胞は生まれるとすぐ胸腺に送られ、そこで厳しい選別を受けて、免疫の司令塔といわれるヘルパーT細胞や、殺戮細胞のキラーT細胞へと育っていく。T細胞の「T」は胸腺(Thymus)の頭文字の「T」のことだ。
だが、20世紀半ば過ぎの科学者たちは、こんな全部を知る由もない。彼らは免疫が織りなす複雑なさまに驚き、悩み、熟慮し、辛抱強く実験を重ね、免疫のミステリーを一つ一つ、丹念に解き明かしていった。
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ブルース・グリックという若い研究者が米国にいた。1950年代のことだ。彼はニワトリの消化管の末端にある「ファブリキウス嚢(のう)」という小さな袋に興味を持った。「嚢」は袋という意味だ。この袋は鳥類特有の臓器として昔から存在は知られていたが、どんな働きをしているのか正体は全くわからない。
彼はニワトリの雌からファブリキウス嚢を取り除いてみた。そうすればニワトリに何か変化が起きるかもしれない、という期待を持っての試みである。しかし異変は起きず彼はがっかりした。
だが、それからしばらく後、予想外の出来事が起きた。異物を生き物の体に入れると、その体内では異物と戦う抗体ができる。こういう免疫の基本原理を学生たちに教える実験に彼の同僚がこのニワトリを使ったところ、鶏は抗体を作ることができず、同僚は面目を失ったのである。
なぜ、こんなことが起きたのか。ニワトリのファブリキウス嚢は人間でいえばB級細胞を造る骨髄の役割を果たしていたからだった。だからファブリキウス嚢を除去するとB細胞はできない。そのせいで抗体がニワトリの体内で誕生しなくなっていたのだ。グリックたちの”失敗”は図らずも、抗体を作る細胞を生みだす源の組織を突き止める卓越した研究成果を生み出した。
ファブリキウス嚢は「Bursa of Fabricius」。実は、B細胞のBの本当の出所はこの「Bursa」ともいわれる。免疫の謎を解いたと自覚したグリックらは勇んで論文を執筆した。だが不幸にも、彼らの研究論文は著名な学会誌とは言い難い「家禽学誌」にしか掲載を認められなかった。当時の医学界は彼らの論文の価値を理解できる高みにはなかったのだ。「大発見」は往々にして英科学誌ネイチャーのような一流紙に掲載されないことがある。