じじぃの「人の死にざま_1730_澁澤・龍彦(小説家)」

澁澤龍彦 (z-plaza.com HPより)

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澁澤龍彦
澁澤 龍彦(しぶさわ たつひこ)、1928年(昭和3年)5月8日 - 1987年(昭和62年)8月5日)は小説家、仏文学者、評論家。東京都港区に澁澤武 節子の子として生まれる。渋沢栄一と遠戚にあたる。中学〜高校時代には勤労学徒として動員。1950年、東京大学文学部に入学。その後、東京大学修士課程に進んだが肺結核を病んで就職への道が絶たれる。1954年、白水社から最初の訳書『大跨びらき』(ジャン・コクトー著)を上梓、初めて澁澤龍彦という筆名を使う。
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『ぼくが読んだ面白い本・ダメな本 そしてぼくの大量読書術・驚異の速読術』 立花隆/著 文春文庫 2003年発行
尊厳死澁澤龍彦、江戸学百科全書 (一部抜粋しています)
E・エディンガー『アーレントハイデガー』(みすず書房)を読んでびっくりした。あのハンナ・アーレント(社会思想家。「全体主義の起源」「イェルサレムアイヒマン」などで知られる)と、マルティン・ハイデガー実存主義哲学者。「存在と時間」など)が長年の間、愛人関係にあったというのである。まさかと思った。年のちがいもさることながら、ハンナ・アーレントユダヤ人で、反ナチズムの先頭に立っていたことで知られていたのに対して、ハイデガーは、ナチス党に正式に加入し、ヒトラーへの忠誠心を公然と表明していた人物なのである。
しかしこれは事実なのである。
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最近、若い人たちの間で澁澤龍彦の人気が復活しているという。
全作品と、日記や対談、座談会、旅行ノート、未発表原稿まで収録した「完全版全集全22巻(別巻2)が河出書房新社から93年に刊行され、昨年完結したが、版元も予想せぬほどの売れ行きだったという。
このたびさらに、『澁澤龍彦辞典』(平凡社)、『回想の澁澤龍彦』(河出書房新社)と、たてつづけに2冊の澁澤龍彦ものが出版された。
私は実は若い頃に澁澤龍彦の責任編集で出された「血と薔薇」(天声出版)の編集を手伝っていたことがあるので、澁澤を個人的に知っている。『澁澤龍彦辞典』に写真で紹介されている鎌倉の書斎にも2度ほどうかがったことがある。
澁澤は不思議な人だった。文筆活動の内容にも不思議なものが多いが、それ以上に、現実の生身の人として不思議なところが沢山あった。相撲にめちゃくちゃ詳しくて、歴史上の主な取り組みを全部覚えていたり、「ここはお国を何百里……」(「戦友」)が大好きで、歌いだすと、14番まであるこの大長編の軍歌を最後まで間違いなく歌い通したりした。『回想の澁澤龍彦』は、母親、妹、小学校時代の友人、中学校時代の友人にはじまって、澁澤をよく知る19人の人々に、主として出口裕弘巖谷國士がインタビューした記録である。
別に澁澤のものを読んだことがない人でも、この本は、こんな変わった人がいたのかとしるだけでも面白いだろう。