じじぃの「神話伝説_04_後醍醐天皇」

後醍醐天皇南朝 動画 YouTube
http://www.youtube.com/watch?v=MSGv2dW7HKQ
後醍醐天皇 ウィキペディアWikipedia)より
後醍醐天皇(ごだいごてんのう)は、鎌倉時代後期から南北朝時代初期にかけての第96代天皇にして、南朝の初代天皇(在位:文保2年2月26日(1318年3月29日) - 延元4年/暦応2年8月15日(1339年9月18日))。
ただし、歴史的事実としては在位途中に二度の廃位と譲位を経ている。諱は尊治(たかはる)。鎌倉幕府を倒して建武新政を実施したものの、間もなく足利尊氏の離反に遭ったために大和吉野へ入り、南朝政権(吉野朝廷)を樹立した。

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『人間臨終図巻 上巻』 山田風太郎著 徳間書店
後醍醐天皇 (1288 - 1339) 51歳で死亡
延元元年、湊川の戦いのあと、天皇は叡山に逃れ、さらに吉野に逃れたが、以来南風競(きそ)わず延元4年8月9日より病み、次第に悪くなった。
8月16日、天皇は吉野行宮で、
「生々世々の妄念たるべきは、朝敵をことごとく滅ぼして四海を泰平ならしめんと思うばかりなり」
と、みずからも「妄念」と認める言葉を残し、その午前2時ごろ、左手に法華経を持ち、右手に剣を握り、朝敵尊氏らに万斛(ばんこく)の恨みをのんで崩御した。